13日(日)午前中は明後日に新国立オペラ:プッチーニの「マノン・レスコー」を観るので予習をした。マリア・カラスのマノン、ジュゼッペ・ステファノのデ・グリュー、トリオ・セラフィン指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団による決定版CDだ。このCDは十数年前に買ったものの一度も聴くことなくホコリを被っていたものだ。曲を聴いている最中も、体に感じる地震が何度かあった。知人とメールで「まだまだ油断できないので、お互いに気をつけよう」と連絡しあった。
午前中に近所の生協に行ったが、すでにパンや水、ウーロン茶などは売り切れていた。午後に巣鴨駅近くの西友に行ったが、レジは長蛇の列。パン、水はもちろん、納豆、豆腐、卵、肉類がすべて売り切れていた。カレーを作ろうと思ったので、駅の反対側のサミットに行ったら、かろうじて細切れがあった。鶏肉は入荷がないというアナウンスがあった。
多くの人が生まれて初めて経験しただろう一昨日の大地震が、人々の不安心理を掻き立てている。また、あの大きな揺れがあるのではないか、1分後かもしれない、1時間後かもしれない、1日後かもしれない。誰にもわからない。
そうした不安感を抱きながらこの瞬間を生きている。しかし、東北地方の被災者たちは極限状態にある。
子供たちと昼食にマックのハンバーガーを食べながら、「東北の人たちは大変な目にあっている。ここにいたら何もできないが、自分たちのできる範囲のことをやろう」と話し合った。ちょうど今日の朝刊に「救援募金 受付中」という記事が載っていたので、これに応募することにした。一家族のできる範囲の金額ではあるが、明日「朝日新聞厚生文化事業団」に送金する。