15日(水)。昨夕、東京オペラシティコンサートホールで、ヒラリー・ハーンのヴァイオリン・リサイタルを聴きました 当初、発表されていたプログラムは①コレッリ「ヴァイオリン・ソナタ第4番」、②フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第1番」、③バッハ「シャコンヌ」、④ヒラリー・ハーンのための委嘱作品となっていましたが、コレッリがモーツアルトに代わりました。大歓迎です
ヒラリー・ハーンのための委嘱作品というのは、彼女が世界の27人の作曲家に5分程度のアンコール・ピースの作曲を委嘱したもので、この日演奏する9曲のうち6曲がアンコール・ピースです したがって、会場のほとんどの聴衆がこの日初めて聴く曲ばかり、のはずです
自席は1階19列1番とやや後方の左端、会場は3階まで満席、開演前から会場の熱気を感じます 照明が落とされ、ピアノのコリー・スマイスとともにヒラリー・ハーンが黒のコスチュームで登場します 上半身だけ見るとまるでビキニです。ヒラリー、大胆素敵 誰かがどこかに書いていたように、ヒラリーは「どこかに少女のような面影を残した美しい凛とした女性」です
1曲目のアントン・ガルシア・アプリル(スペイン)の”First Sigh” from "Three Sighs"は、印象で言えば「たゆたうような音楽」です
2曲目のデイヴィッド・ラング(アメリカ)の"Light Moving"を印象で言えば「反復する煌めく音楽」ですスティーヴ・ライヒの影響が聴かれます。この演奏後、彼女がメガネを外すのを見ました。それまで気が付きませんでした さすがに、楽譜を見ないと演奏できない難曲だったのでしょう。それにしても彼女のメガネ姿は初めて見ました
3曲目は、出ました モーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調K.302」です。この曲はモーツアルトが1778年ごろに作曲した6つのヴァイオリン・ソナタ(K.301~306)の2番目の曲で、第1楽章「アレグロ」、第2楽章「ロンド」の2楽章から成ります 現在、われわれは”ヴァイオリン・ソナタ”と呼んでいますが、当時は”ヴァイオリン伴奏付のピアノ・ソナタ”でした。そういう意味で、ヒラリーがなぜヴァイオリン・ソナタの中でもヴァイオリンの活躍が控えめなこの曲をあえて選んだのか分かりませんが、彼女には必然性があったのでしょう 彼女は肩の力を抜いて軽やかに演奏します。私はこの曲を初めて聴いたような錯覚に捕らわれました。新鮮でした
彼女はナタリー・シューとモーツアルトのヴァイオリン・ソナタ集(K.376、K.301、K.304、K.526)をドイツ・グラモフォンからリリースしていますが、明るく伸びやかな素晴らしい演奏です
4曲目は大島ミチルの”Memories"です。過去を振り返って懐かしむようなメロディーに溢れた曲です
プログラム前半の最後は、J.S.バッハ「無伴奏パルティータ第2番」より”シャコンヌ”です。ヒラリーはこの大曲に自然体で臨みます バッハの深い世界を軽やかに鮮やかに描いていきます。この演奏を聴いて、彼女のデビュー・アルバム(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番、第3番、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番)の新鮮で輝くような演奏を思い出しました
休憩後の最初はリチャード・バレットの”Shade"です。これぞ現代音楽の典型のような曲で、高音部の擦るような音が特徴です しかし、ヒラリーが演奏すると不快感がありません
再びメガネを着用してエリオット・シャープの”Storm of the Eye”を演奏します。印象を言葉で言えば「今そこにある危機」です
そして後半のメイン・プログラム、フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第1番イ長調」です。これは譜面台なしで演奏します 彼女の演奏を聴いていて、アスリートが目前の障害を楽々とクリアしていく様子を思い浮かべました。実に軽く、力が抜けているのに表現したいことは十分に表現しています つい9日前にラ・フォル・ジュルネ音楽祭でパスキエ(vn)とケフェレック(P)の演奏でこの曲を聴いたばかりですが、まったく異なった印象を受けました パスキエの演奏はある意味、情熱的、別の言葉で言えばホットな演奏です。一方、ヒラリー・ハーンの演奏はどこか理知的な、別の言葉で言えばクールな演奏です。彼女の演奏を聴いていて、もう一つ感じたのは、弱音がよくコントロールされていて、しかも非常に美しいことです
第1楽章が終了した時点で、会場のそこかしこから拍手が湧きました。この時は、あまりの拍手の大きさに、いつの間にかつられて拍手している自分がいました ヒラリーはにこやかに応えていました
最後の曲はヴァレンティン・シルヴェストロフの”Two Pieces”(Waltz,Christmas Serenade)です。これはまさにワルツで踊るような楽しげな曲です
満場の拍手 とブラボーに応えてアンコールに、ジェームス・ニュートン・ハサードの「133 at least」を鮮やかに演奏 それでも帰らない聴衆のためにデヴィッド・デル・トレヴィッチの美しい曲「Farewell」をあくまでも美しく弾いてくれました 全般を通じてピアノのコリー・スマイスもよくヒラリーをサポートしました
鳴り止まない拍手の中、二人のアーティストが舞台袖に消え、会場の照明が点いたので帰途に着きましたが、ロビーにはヒラリーのサインを求める長蛇の列ができたことでしょう