22日(日)。わが家に来てから421日目を迎え、白ウサちゃんに何やら耳打ちするモコタロです
ご主人は右手中指打撲で 左手だけで打っているよ
閑話休題
昨日、初台の東京オペラシティコンサートホールで、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の第115回定期演奏会を聴きました オール・モーツアルト・プログラムで、①雀のミサ曲K220、②エクスルターテ・ユビラーテK165、③ミサ曲ハ短調K427です
出演は、ソプラノ=キャロリン・サンプソン、アルト=オリヴィア・フェアミューレン、テノール=櫻田亮、バス=クリスティアン・イムラーです
スタンバイしたオケが第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置を取っていたので、珍しいな、と思いました しかも、いつもよりオケの編成が大規模です。合唱も総勢24名態勢です。いつも演奏しているバッハではなく、モーツアルトを演奏するには態勢を変える必要があったのでしょう
ソリストたちが入場し、ミサ曲ハ長調K220が開始されます ミサ曲なのに軽快な音楽です。4人のソリストは好調です
合唱団が舞台袖に引き上げ、ソプラノのキャロリン・サンプソンが再登場します。2曲目の「エクスルターテ・ユビラーテK165」は、レオポルト・ストコフスキーの指揮でディアナ・ダーヴィンが歌った第4曲「アレルヤ」を思い起こします。そう「オーケストラの少女」という映画でした と聞いて、ああそうだった、と思うあなたは古い
もとい、頭がクラシック
キャロリンは美しく澄んだ歌声でモーツアルトの愉悦を歌い上げました 古楽を歌う時の声はノン・ヴィブラートとばかり思っていたのですが、 彼女は若干ヴィブラートをかけて歌っていました
これについては、プログラムに掲載されたインタビューの中で、彼女は次のようにコメントしています
「いわゆる『古楽の声』というのはまっすぐでヴィブラートのかかっていない声だと思っている人が結構いますが、そんなことはなくて、古楽の歌手たちも多彩な色彩を持ち、そのうちの一つがヴィブラートなのです・・・古楽でも、ある程度のヴィブラートは自然かつ好ましいと思うのですが、重要なのは自分でコントロールし、自分で選んでかけているということです」
このコメントは新鮮でした これまでBCJの公演に出演したソプラノ歌手たちがほとんど例外なくノン・ヴィブラートで歌っていたからです
休憩後は、ミサ曲ハ短調K427です。あらためてオケの態勢を見渡すと、普段BCJでは見かけない演奏家が何人か目に付きます。第1ヴァイオリンには新日本フィルの第1ヴァイオリン・フォアシュピーラー堀内麻貴さんが、ヴィオラには東京フィル首席の藤村政芳氏がスタンバイしています こういう人たちの加入が(一時的にしても)BCJの演奏に小さくない影響を及ぼしているのではないかと思います
このミサ曲を聴くたびに思うのは「まるでオペラだ」ということです。とくにソプラノの独唱などは、あまりにも美しすぎて、宗教曲の範疇を超えているのではないか、とさえ思ってしまいます
今回の演奏を聴いて感じたのは、大編成のオケにより、2000人収容のサントリーホールでなく1630人収容の東京オペラシティコンサートホールで演奏したことで、音の情報量が多くなり迫力があった半面、BCJ特有の透明感が薄れたのではないか、ということです バッハの曲で言えば「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」を演奏する規模をモーツアルトに求めたということでしょう
個人的な考えを言うと、会場の大きさを考慮すれば、サントリーホールであればこの態勢で良かったのかも知れませんが、オペラシティコンサートホールでは、いつもバッハのカンタータを演奏している時と同じ規模で、透明感のある演奏に徹した方が良かったのではないか、と思います