人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

寺山修司監督「田園に死す」 & 「書を捨てよ町へ出よう」を観る ~ 早稲田松竹

2020年01月12日 07時27分34秒 | 日記

12日(日)。わが家に来てから今日で1931日目を迎え、イランの首都テヘランでウクライナ国際航空機が墜落して176人が死亡した事故について、イランの統合参謀本部は11日、イランメディアを通じた声明で、撃墜を認めた というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     臨戦状態にある2国間の戦闘の犠牲になるのは 民間人であることを思慮すべきだ

 

         

 

昨日、早稲田松竹で「書を捨てよ町へ出よう」と「田園に死す」の2本立てを観ました

「田園に死す」は寺山修司監督・製作・脚本・原作による1974年製作映画(102分)です
少年の「私」は恐山の麓に母親と二人で暮らしている 唯一の楽しみはイタコに父親の霊を呼び出させて会話することだった。ある日、村に来たサーカス団から外の世界を聞かされた「私」は家出することを決意し、隣家に住む美しい人妻(八千草薫)と駆け落ちして村から逃げた。しかし、それは「私」の作り話で、実際には彼女に裏切られたのだった。大人になった「私」は20年前の「私」に出会う。そして20年前の「私」に「お前の母親を殺したら、お前も、自分も存在しないことになる。それを確かめたい。母親を殺せ」と迫る しかし、邪魔が入って殺せなかった。しかたなく自分が母親を殺そうとするがそれも出来ないのだった

 

     

 

この映画のラストでは予想外の展開が待っています 大人の「私」が母親と向かい合って食事をする場面をカメラが映し出しますが、突然 後ろの壁が倒れ、新宿の交差点が現われます 多くの人々が行き交う手前で二人の親子が黙々と食事をとるシーンが続きます

このラストシーンを観て思い出したのは、フランスのルイス・ブニュニエル監督「ブルジョアジーの密かな楽しみ」です 紳士淑女がレストランでテーブルを囲んで食事をとろうとすると、いきなり後ろのカーテンが開けられ、観衆が彼らを見ているところが映し出されます つまり、観衆は舞台の上で食事をとろうとする役者を観ている、という設定になっているのです ブニュニエルの映画は1972年製作なので、寺山修司は1974年の「田園に死す」の製作にあたり、参考にしたのかもしれません

 

         
 

「書を捨てよ町へ出よう」は寺山修司監督・製作・脚本・原作による1971年製作映画(138分)です

いつも家出を考えている「私」。無口でウサギを偏愛する妹のセツ。元陸軍上等兵で、元屋台ラーメン屋で、今は無職でうだつの上がらない父親。万引き癖のあるおばあちゃん。など 「私」を含めた家族を中心に、過去と現在、虚構と現実が交差していく

 

     

 

この作品は、自身が主催する演劇実験室「天井桟敷」の同名演劇作品を独自の映像作品として脚色した、寺山修司監督長編デビュー作です

映画の冒頭、主人公が映画を観ている観衆を挑発します 「映画の中には何もないのだ。暗い映画館でじっとして映画を観ているだけじゃ、何も起こらない。さあ、外の空気を吸いに出て行きたまえ」と。モノクロ画面が効果的です

主人公は都電荒川線の沿線にあるボロアパートに住んでいるという設定ですが、走っている都電や周囲に高い建物がない風景を見ていたら、1970年代初めのころはあいう感じだったな、と懐かしく思い出しました 当時 学生アルバイトの新聞社の世論調査で都電沿線(尾久方面)の何世帯かを受け持ったのですが、線路の周りにはほとんど何もありませんでした そんな私が、今は「さくらトラム」と呼ばれる都電の駅のすぐ近くに住居を構えるとは、その頃 思ってもみませんでした

映画で意外だったのは、丸山明宏(美輪明宏)の入浴シーンでバックに流れていたのはチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」の第1楽章だったことです かなり”崩して”演奏されていたので、最初はこの曲だと分かりませんでした

ラストシーンでは、登場人物の顔が一人一人アップで映し出されますが、最後に寺山修司と丸山明宏が登場します

皆さん、書を捨てて町へ出てはいけません。書を持って町へ出ましょう

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