警察の不正(策謀)を暴いた取材合戦

2017年06月02日 18時12分43秒 | 社会・文化・政治・経済
「町から文化の灯を消したくない」
<奇跡の黒字経営>の地域の書店。
店員にはボランティアの高齢者らも加わる。
取手駅周辺の書店、古本屋の姿を消したが、地方の都市に一軒の書店があるのだ。

国の政策に期待されるのは<人への投資>である。
誰もが期待を持って学び・生活できる。
女性や若者への活躍応援。
豊富な経験を積んだ高齢者が幅広く社会貢献できる仕組みづくり。
<地域は何が起こり、何を求めているのか」
きめ細やかに課題を捉え、政策を実現していく政治が期待される。  


思想の自由 公務員に制約束

人は、心の中で何を思うかについて他人や国家に干渉されない権利がある。
憲法19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」
「信教の自由」「表現の自由」とは別の条文を設けた。
このように、精神的「自由権」を幅広く保障した例は、世界的にも珍しいといえる。
そんな「思想及び良心の自由」が問われたのが、「君が代ピアノ伴奏訴訟」だった。
2007年、学校行事での君が代伴奏の「強制」を巡り、最高裁が初めての判断をした。
原告は東京都内の小学校に勤めていた音楽教諭の女性。
1999の入学式で、校長から君が代斉唱のピアノ伴奏を命じられ、自らの思想に基づいて拒んだ結果、都教委から懲戒処分を受けた。
教諭は「校長の命令は<思想の自由の侵害、違憲>」と主張し、都教委を相手に処分の取り消しを求めたのだ。
1、2審はともに「公共の利益のために勤務する公務員は、一定の自由は制限される」として、処分お取り今朝の取手は、午前5時5分、気温16度。消さなかった。
最高裁判決も「伴奏行為と本人の歴史観、世界観は密接に結び付くものではない」と指摘し、校長の命令は違憲ではないと判断した。
近松仁太郎さん

「権力が正義を追求するとき、正義のためにという名目で、不正義な手法を用いることがある。それは今も昔も変わらない。権力の不正を監視し、つかんだ事実で不正を明らかにすることが報道機関の役割だ」
菅生事件から60年以上が過ぎた。川名壮志さん
共同通信社会部取材班キャップだった原寿郎さん(92)は言葉に力を込めた。
警察の不正(策謀)を暴いた取材合戦。
「戸田公徳巡査部長をジャーナリストたちが追求して明るみに出されなかったら、警察は(戸田を)かくしたままだっただろう(中略)その身勝手な振る舞いには怖ろしさを感じる」と作家の松本清張さんは感想を毎日新聞夕刊(1960年1216日)で感想を述べた。
川名壮志さん


そもそも北朝鮮の核ミサイルの狙う先は「米帝国主義」であり、「侵略者米帝からの防衛として核・ミサイル実験を行うのです。
日本が<直接の敵>ではないにもかかわらず、日本政府「集団的自衛権」の名の下に米国の戦争に積極的に参加し、<盾>の役割を演じているのです。
マスコミは連立のように、北朝鮮の凶暴さを争って報道し、今にも核ミサイルを撃ってくるかのようなムードをつくっている。
国民は<恐怖>に踊ろされている。
「国の外に敵をつくり、危機をあって国民まとめる手法は歴史上、繰り返されてきた」ということを、冷静に見極めていかなければならない。
毎日新聞の読者欄「みんなの広場」の投稿であるが、<待てよ!>と反論したくなった。
日本人らを拉致した犯罪国家北朝鮮。
韓国の旅客機を撃墜ついた北朝鮮。
実の兄を暗殺した北朝鮮である。
想定外のことを犯す可能性は否定できない。
米国本土を狙うのではなく、沖縄の米軍基地に核ミサイルを打ち込む可能性はゼロとは言えない。
核ミサイルによって沖縄県民は、多数死ぬであろう。
国民の安全の観点からあらゆることを想定して対応するのが、政府の責任。



 

<自分の強み>を持つことだ

2017年06月02日 18時10分53秒 | 社会・文化・政治・経済
憲法15条2項

すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。
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口で言うことはたやすい。
行動・実践である。
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かりに対話の過程で激しい意見の応酬が続いたとしても、互いの懸念がどこにあるのかを知ることが、関係改善の一歩となることは間違いない。
さなざま形で対話の継続を図っていくことが重要だ。
現在、米ロ両国とも、核兵器の関連予算は莫大なものとなっている。
このままではさらに増えていく恐れがある。
その莫大な資金が削減されれば、福祉や保健などの向上のために充当することもできる。
<認識の共有>から<行動の共有>へのいかに強めていくかだ。
<国連と市民社会との協働>をあらゆる分野で強めていくことが大切であり、とりわけ<青年の参加>の場を積極的に設けることが何よりも欠かせない要素となる。

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世界を良くしていくためには、多くの仕事がなされる必要がある。

<現実社会>を生き抜き、成功を収めるには、何が必要かを考える。
<汝自身を知れ>
自分自身を知ることで、日常の生活で自分らしく輝くことができるからだ。
<自分の強み>を持つことだ。
そして、自分の強みを伸ばすことだ。
多くの人は、自分の強みに気付かない。
それは<責任に欠如>からくるこものだ。
自分の人生や社会に対する責任感が、自らの強みを伸ばしていく力となる。
また、<強みを生かしていく機会を見つけることが重要だ。
仕事もそうであるが、友人関係なども、強みを生かす機会を見つけることにつながる。
<何ごとにもベストを尽くす>ということだ。
これから、あなたがどんな仕事に就こうとも、まず目の前の仕事に全力を注ぐことだ。
人生とは、無為に過ごすために与えられた時間はない。
自分を必要としている人や社会に貢献していくことで、より良く形づくられるものんおだ。
人間はその時にしていることに完全に集中し、自分の能力を最大に発揮している状態を理解しようと試み、それを「フロー」と定義した。
音楽やスポーツから「フロー」を生み出すのは簡単だが、真の挑戦は、仕事や家庭の中で、そうした経験を生み出していけるかということだ。
「フロー」には、さまざまな様相がある。
行動と意識が一致する。
失敗に対する恐れはない。
充実した時間は短く感じる。
「フロー」に至るには、条件がある。
1)明確な目標が設定されている。
2)行動に対する評価がある。
3)目の前の課題の難しさと対応する能力のバランスがとれている。
人生の中で、自分が明確な目標を持つことや、自分の行動を周囲が評価していることは、何度もある。
自分に与えられた仕事が簡単な時、人は自分の能力に見合ったものではないと思い、仕事の価値を低く見がちだ。
「フロー」は生まれにくくなる。
では、レベルの高い仕事をするチャンスをつかみ取ればいいかというと、仕事に導く能力がなければ、失敗に終わる。
だからこそ、<何ごとにもベストを尽くす>ことが大切なのだ。
たとえ、つまらないと思う仕事でも、ベストを尽くせば、人生の次のステップは見つかるものだ。
仕事と娯楽を分け隔てる必要はない。
仕事も娯楽も、全体人間へと導くために必要んものだ。
<自分たのめだけではなく、他者にもベストを尽くす>ということだ。
心理学者・M・チクセントミハイル博士(元シカゴ大学教授)
1934年、イタリア生まれ、1956年渡米。