日々のつれづれ

日々うららかでありますようにと願ったけれど、平穏な日々は続かない。
穏やかな老後は訪れるか。

あれから3年 その2

2008-01-25 | 実家に関すること
父を見ていた間、本当に力になってくれたのはケアマネさんです。毎日来てくれるヘルパーさんにも助けられました。

その間、義妹も朝か夕方に来て買い物などしてくれたりしました。
既に父がオムツになっていた時、夕方に来た義妹が私が買い物に出かけようとしているのを見て私が行って来ますと言ってくれたので吸い飲みとオムツを頼んだのです。
薬局は往復しても15分、30分もすれば帰ってきてくれると思いました。
父のお尻をきれいにしてやりたかったのですが父はじっとしていないので一人でするのは難しい。手の痛い母とするより義妹に助けてもらいたいと、その帰りを待ちましたが1時間たっても戻ってきません。
結局母と二人でやったのですが、義妹が戻ったのは2時間後
自宅に戻って夕食を済ませてきたって
買い物を届けてから自宅に戻る事も出来ただろうし、そうでなくとも自宅に寄ってくるって一言がほしかった

義妹にとっては結局他人事。そう思ったのはちょっと遡って今後の両親の暮らしをどうするか、弟夫婦と話し合いを持った翌日の朝でした。

まだ父に幻覚や攻撃性が出ていない時、私が泊まるようになってすぐに弟夫婦と話し合いの場を持ちました 


弟と同居する事は母も望んでいませんでしたし、私も無理だと思っていました。
実は私は弟の口から出るのは同居は出来ないではなく施設に入ってもらうのが一番じゃないかだと思っていたのです。
どうしたらいいと思うのか、私に振ってきたのは問題を決めるという責任を回避したかったから

母がいずれは施設にと考えていてもなかなか踏ん切りがつかないのは分かっていました。踏ん切りがつかなければ私たちが同居と思っていましたからウチで同居しようかと思っているという夫の発言になったのです。

(この話し合いについては早すぎたと思っています。その後の急激な変化を見た後なら話し合おうとは思わなかったはず。母と私とで施設入所を決めただろうと思います。)


翌朝、顔を出した義妹が私の顔を見て開口一番お姉さんがかわいそうと言ったのです。聞き間違いかと思いました。かわいそうなのは私ではなく父ではないかと。
でも間違いではありませんでした
何をかわいそうだって言うのか、確認は出来ませんでしたが昨夜の話し合いの件を踏まえての事としか思えませんから、弟が見ないと言ってるから、姉が見なきゃならない。かわいそうねって事
それって、まるっきり他人事義妹の立場は他人姉に介護をまかせっきりにするような無責任な男はあんたの亭主なんだよ!!

その後の、父の急激な変化を目にして弟はどう思ったのか。
私に顔を合わせられなかったのは後ろめたい思いがあったからだとは思うのですが。



兎にも角にも入院した父、鎮静剤の投与もあり少しは落ち着いた様子でしたが、それでも時々ベッドから飛び降りようとしたり、顔を出した義妹に掴みかかろうとしたり、食欲の異常も収まらず、私は袋菓子を持って毎日父を訪ねました。あればあるだけ食べてしまうようでしたから毎日行かないわけにはいきませんでした。

ようやく落ち着きを取り戻したのは3月に入ってからでしょうか。そうなると、いつまでも入院と言うわけには行きません。

このT病院では介護施設を運営すべく準備中でした。そこに父を入所させたいと希望した母は、退院から入所までの間を担当医師が理事長を勤める療養型病院に入院させたい意向でした。

それに反対したのが私です。施設に入所させるのなら尚の事、それまで自宅で過ごさせたい。
掛かったことのない病院に転院させることは父の気持ちを不安定にする恐れもありました。

入所まで私が実家に泊まると言うことで母を説得しました。母が納得したのは入所が確定したこともあったと思います。
この件について弟夫婦には一切相談することはありませんでした。
義妹は父が転院するものと思っていたようです
入所まで家で見ると母が伝えたときはえっ!と言ったきり絶句したようでした。



後に母はあんたの言うとおり家に戻してよかったと言ってくれました。

5月3日、施設開所の2日後に父は入所しました。
コメント (2)
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