日々のつれづれ

日々うららかでありますようにと願ったけれど、平穏な日々は続かない。
穏やかな老後は訪れるか。

焼き鳥を食べに

2011-03-27 | Weblog

行きたい場所ではなく、休める日から旅行の日程を立てる我が家。

GW、夫は4月30日の土曜日は出勤になるが、5月1日から5日まで休みになるので旅行に行こうと計画中だった。

5月1日出発のツアーを探して行き先も決め、あとは旅行会社へ申し込むだけ。

 

そしてあの地震災害

旅行に行こうというMotivationは失くなった。

 

同時に何もしたくないという状態が何日間か続いた。

どうしてもしなければならない用事を済ませるととにかく家に帰りたい。でも、家に帰っても何かをしようという気にはならない。

 

そんな状態でいた週末、お昼に夫からメールが届いた。

今晩焼き鳥食いに行くか


我が家から歩いてすぐ、幹線道路に面して行きつけの焼き鳥屋はある。と言うかあった。

安くて美味しいそのお店は娘婿もお気に入りで、娘宅訪問の折にあちらのご両親が一緒に焼き鳥でもと誘ってくださった時あの焼き鳥屋より美味しいところはないんだからと言ったほどだ。

そこのご主人が亡くなったのは昨年の春のこと。胃を悪くして入院中だとママが話していたが、退院して間もなく脳梗塞で亡くなったと聞いた。

ご主人はタレの作り方など、詳しくノートに残していたという。

暫く卒業間近の息子さんが手伝って営業していたが卒業したら店は続けられないとママは覚悟を決めていたようだ。

固定客も多くいて週末など満員で入店を諦めた事もあるくらい繁盛していたのだが、それだけに一人で続けていくのは難しい。

 

閉店を知ったのは冬に入った頃、夫が帰宅の際に提灯が灯ってない事に気が付いた。

それから何ヶ月か経って

今月初めから、お店の前に車が止まっていたり人の出入りがあったり、工事をやっているらしい様子が見受けられた。

営業を始めたようだと夫が言ったのは一週間ほど前のことで、一度は行ってみなきゃあねと話していたのだった。

 

店主は若いお兄ちゃんだった。

ママに付いて味の勉強をさせてもらったという。

ひとりで注文を聞き、調理をし、品物を運ぶ店主に夫が聞いた。

「一人でやってるの?」

「妹が手伝ってくれるはずだったんですけど、体調を崩しちゃって・・・今日は8時になったら友達が手助けに来てくれるんですが」

「お店の清掃は友人が引き受けてくれた」と他の客に応えていた店主は、良い友人にも恵まれているようだ。

あの美味しい焼き鳥を再び味わえるとは考えていなかったのに美味しく頂くことが出来たし、おまけに若い店主の一生懸命さに触れて元気も貰った。

たまの外食を楽しめるお店が一つなくなったと思っていたから「また来ます」と言えるのは嬉しい事だった。

 

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取消し手続き

2011-03-19 | Weblog

ベビーに会いに行くために手配した航空券。往路の取消しはネットで簡単にできた。

しかし復路の取消しは電話受付けだけなのに、電話が全くつながらない状態だった。

朝9時の受付け開始に合わせて電話しても、通じるまでのタイムラグがあるために通じた時は話中。

少し早ければ営業は9時からですと録音されたアナウンスが流れる。

朝から営業終了の19時30分まで、16日から3日間でトータルすると100回は電話したと思う。

通じるまでのタイムラグを計って、18日朝は営業開始10秒前に架電。

ようやく通じた!

 

取消しによる返金は

口座への振込み

空港での返金

のどちらかになる。

振込みにしてもらおうと思ったら、書類を送付するので記入して簡易書留で送り返してほしいという

振込先の情報は電話受付では間違う可能性は確かにあるので、書類でというのは分からないではない。

けれども取消し対応に不信感を持ってしまったので、不満が増幅

5月19日の返金期限までには空港へ行くだろうと考え、空港での返金を選択した。

 

 

返金になるチケット代は一度はお財布から出た現金。

夫と相談して、返金になる金額を今回の地震の義援金として募金した。

 

 

 

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混乱

2011-03-17 | Weblog

17日、今日はベビーに会いに行くために羽田に向けて飛び立つ予定だった。

会いに行く日を決めてから約一ヶ月。楽しみに待って、待って。

 

けれども交通が乱れ羽田からの足が確保できるかどうかという不安もあり、残念だけれども今回は出立を見合わせる事にした。

羽田発着便については「悪天候時の航空券の取り扱い」が適用され取消料は発生しないというので、その手続きをする事にした。

行きと帰りで違う航空会社を利用する事にしていたのだが・・・

行きの方はネット予約の場合はネット解約も可、なのですぐに手続きは完了したが問題は帰りの便。

普通の取消しはネットでも出来るのだが取消料が発生する。

「悪天候時の航空券の取り扱い」は予約センターでの電話受け付けしか対応してもらえないのだが、朝から電話しても通話中で全く通じない。

今日も営業開始時間を待って電話したが、やっぱり通じない。

このまま通じなければ空港まで行くか、或いは取消料を払ってネット解約するか

そう思っていたら、ホームページの更新があり 電話回線が混みあっており、つながり難い状況が発生しております。「東北地方太平洋沖地震」に伴う払戻しに関しましては搭乗予定日から30日間に払戻し期限を延長致します との案内が掲載されていた。

電話回線は繋がり難いと言うより全く繋がらない状況だ。

この会社「悪天候時の航空券の取り扱い」についての掲載も遅かったし(他社より2日遅い)顧客サービスが全くなってない。

もうこの会社は二度と使うまいと心に決めた。

 

 

昨日スーパーに行って驚いた

お米の棚が殆ど空に近く次の入荷は18日ですという張り紙。

平穏な生活を続けている地域での物の不足を目の当たりにして驚き、呆れた。

我が家はまだ十分な量のお米があるが、本当に必要な人に行き渡らない事もありうると思ったら、買占めという行動に心が寒くなる思いだ。

中には被災地に住む親戚・知人に送りたいと購入する人もいるとは思うが、釈然としない気持ちを抱えてスーパーを出たのだった。

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地震

2011-03-12 | Weblog

昨11日、こちらもひどい揺れを感じたけれど各地の被害の大きさを知ったのは17時過ぎだった。

交通の手段が無く帰宅難民となった娘との連絡も取れず、災害伝言版で会社に足止めと知った。

今朝ようやく婿殿の実家に電話が通じ、婿殿は徒歩で帰宅したとの事でベビーのことも安心することができたが、ブログ仲間の安否は確認する手段が無く、とても心配だ。

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おとうと

2011-03-09 | 実家に関すること

かなり負担になっているようだから(弟夫婦に)実家に住んでもらったら良いんじゃないか

いままで私の実家の問題には何も言わなかった夫がそう言いだしたのは、私の疲れた顔を見るのも愚痴を聞くのもイヤになってしまったからだろう。

けれど、今も弟夫婦が実家に住みたいと思っているかどうか私にはわからない。

母が亡くなった後実家に入るのを勧めたのに

この家は住みにくいと言って勧めを断った義妹。

その後「住みたい」と言ってきた時も考えた末に私はOKしたのに、父をお正月に連れ帰る条件は呑めないと断ってきた。

家の管理に責任を持って来たのは私だし、義妹の心ない言葉にずいぶん傷付いてもきたのに「住んで」と言うのは私の気持ちが許さない。

 

 

今年の雪の降り方は除雪の負担が大きく、自宅のほかに管理しなければならない家があるというのは確かに辛かった。

7月が来れば、母が亡くなって5年になる。

母の生活を助けようと仕事を辞めてから、母が亡くなるまで4年半だった。無人の実家を管理するようになってそれと同じだけの年月が経った事になる。

もうそんなに頑張る必要はないのかもしれない。

 

実家の管理については、本来なら弟と相談して決めるべきなのだろう。

けれども表に出てくるのは義妹で、弟が出てくる事はないと思うと相談する気持ちも失せる。

なんとも情けなく、寂しいことだと思う。

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春の嵐

2011-03-04 | 実家に関すること

2日夜から降り出した雪は、3日朝には30分以上の雪かきが必要なくらいの量になった。

朝食とお弁当の支度を終えて雪かきに出ると、思ったよりも多い

日中は降ったり止んだりで、午後に外出して夕方に帰宅した時には朝と同じくらいの量が積もっていた。

夕食の下ごしらえをして再び雪かきに

大雪警報も出ていたが、夜には解除されてホッとしたのだが。

 

今日、4日も9時前から風が強く吹き地吹雪状態。

断続的に強く降り、降雪量も多くなって交通機関に乱れも出た。

3日は抜けられない用事があり、雪が気になったが実家へは行けなかった。

或いは義妹がしてくれたかも・・・という思いもあった。

以前雪かきをしてくれた後に父のところで会った時

「とても助かった、有難う」 と言った私に対して

「それくらいはさせて下さい」 と答えたのだから。

(私の家ではないのに「させて下さい」という言い方は実は気に障る。「出来ない」と言ったのは彼女なのだし、言うのなら「私がします」だと思うのだが)

 

もし雪かきしてなければ実家に駐車できない事も考えて、スーパーに車を停めて歩いて行った

実家の前はひざ上までの雪。除雪をお願いしている人も今日は来てくれていないようだ。

もちろん車を停める事は出来ない。

玄関までの通路分とストーブの排気口のところは雪を除けたが、とても車を停めるスペースの除雪をする元気はなく

暫くはスーパーに駐車して実家に行かなければならないだろう。

 

 

 

16時頃になって、ようやく雪は止んだようだ。明日はプラスの気温になりそうだし、ぐんと増えた雪の嵩も減ってくれると良いのだが

 

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老いの行く末

2011-03-01 | 実家に関すること

2月になって、父のベッドにエアマットが入れられた。

エアマットを入れるについては

起き上がるのに不安定で、更に臥床時間が増えるのではないかという懸念があった。

それまでは午前中は寝ている事が多かったが、午後は目を開けていた。

それが、エアマットを入れてからはいつ行っても寝ている

エアマットによって腰痛も改善されたという事もあるのだろう。

起き上がるのはトイレと食事の時だけのようで、それも車イスを使用する事が多いらしい

1時間ほど父の傍らに座っていても殆ど目を開けないが、帰るからねと声をかけると目を開いて頷く。

 

先週行った時、フロア担当の看護師さんと話す機会があった。

もともと食事量も少なかったのが、ここにきて一段と食欲は低下

低栄養による昏睡に陥っても不思議ではない状態だと言う。

日に3度、高カロリー飲料を飲んでいるので何とか維持できているが、更に何か飲ませられないか検討中らしい。

 

もし、昏睡状態に陥ったら・・・

その時私はどうしたら良いのだろう・・・

 

 

父は四男でありながら、結婚した兄・姉に代わり両親を見送った。

母親が亡くなったのは父が1ヶ月後に22歳の誕生日を迎えるという頃で、それから1年半後に父親が亡くなった。

父が結婚したのはそれから1年後。

そうやって両親を見送った父は、自分の老後をどう考えていたのだろう。

何の根拠もなく、母に看取られて最期を迎えると考えていたのだと思う。まさか施設で何年も暮らすことになるとは思ってもいなかっただろう。

母が亡くなったあとは在宅に戻るという希望も無くしてしまったようだが、それはそれで切ないことだと思う。

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