日々のつれづれ

日々うららかでありますようにと願ったけれど、平穏な日々は続かない。
穏やかな老後は訪れるか。

ピンピンコロリ

2009-01-30 | 友人とか近所とか
昨夜、お通夜に出かけてきました。
亡くなったのは数軒先に住む、息子さん夫婦と同居していた89歳のおばあちゃん。

お元気で、毎月バスに乗って菩提寺まで出かけるようでしたし、ゴミ出しもおばあちゃんがしていました。
我が家の筋向いにお孫さん夫婦が住んでいて毎日訪ねてきていました。
私が外にいる時は言葉を交わしました。
数日前にも歩いているのを見かけたのですが、夜中に心不全で亡くなられたようでした。

読経が終わった後、お坊様からおばあちゃんは自分が亡くなった後のことを書きつけて、お仏壇の奥に入れたあったというお話がありました。
自分が亡くなった後のことを書いておこうと思ってはいても、実行するのは難しいことです。
それを実行して逝ったおばあちゃん。
身体も頭もしっかりしていたからこそ、でしょうか。


夏に誕生日を迎えたら90歳になるはずだったおばあちゃん。
ご冥福をお祈り致します。
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サクリファイス

2009-01-28 | 趣味の時間
近藤史恵さんの「サクリファイス」
図書館から貸し出しを受けたのはこれで3度目でした。
かなり前に書評で読んでいたのは読み応えのある作品
本屋大賞2位になったようですし、「このミステリーがすごい」でも取り上げられていたようです。

借り出すたびに不測の事態が起こり、読まないままに貸し出し期限が切れて返却していましたが、今回ようやく読了に至りました。

帯には青春ミステリの文字がありますが、ミステリーとして読むのなら期待外れかもしれません。←「このミス」でも取り上げられたはずなのにね
一人称で語られるせいか、他の登場人物の心理描写が薄いという感はあります。
けれどサイクルロードレースというスポーツの、レースの部分だけでも興味深く読むことはできました。


題名の「サクリファィス」の意味が明かされるのはラストですが、一気にラストまで読ませる勢いのある作品だったと思います。
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親の介護も金次第?

2009-01-23 | 友人とか近所とか
高校時代の知り合いのKさん、同じ高校だったので知ってはいますが親しい付き合いはありません。
ですが、親しくしている友人がKさんと親交があるのでKさんの近況などはたまに耳にすることがあります。

Kさんの夫は長男ですがKさんと夫の親とは折り合いが悪く、親のことはずーっと次男がみていたようです。
何年か前に母親が亡くなり、同居していた次男が施主を務めたという話は聞いていました。
葬儀についても長男はカヤの外で、父親と次男とで事を運んだと言います。

その後も父親と同居していた次男ですが、最近いままで長いことおれが親の面倒をみてきた。今度は兄貴がみてくれと言われたらしい

長男は仕方がないと思ったようですが、Kさんは猛反発。
父親のお金がなくなったから、そう言うんじゃないのとKさんは思っているよう。
金の切れ目が、介護の切れ目というのなら、あまりにも侘しい


施設入所はすぐには出来ない。かと言って親との同居も考えられないKさんの選択は
離婚する
お料理好きなだんな様のようで、同居しても食事の心配は夫がするよう。
それでも同居するくらいなら離婚するというKさん。
だんな様も引くに引けないのか俺はお前よりも親をとるって


友人たちは「別れたって今後の生活はどうするのよ」と言ってKさんを諌めたようですが頑として聞かないらしい。

けれど現実問題として離婚後の生活はどうするの?
Kさんが年金を受給するのは数年後。それだって月にして5万くらいのもので、生活するには全く足りない

二人の子供は独立してはいるけれど、祖父の面倒を見るのがいやで離婚した母親を理解してくれるだろうか

夫に対しての不満で別れるのなら理解できるけれど、還暦も近い夫婦が親との同居問題で離婚するなんて
他に選択肢は無いものかと思います。
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ステキな友人

2009-01-19 | 友人とか近所とか
昨年の話になりますが この記事 を読んだ友人からメールが来ました。
中学時代からの友人ですが、一人娘の彼女はとても穏やかな人柄で、愛されて育ったんだなと感じていました。仲良し3人組だったのですが一番先に結婚したのが彼女でした
長い年月の間には疎遠になった時もあったのですが、現在は年に一度会うのを楽しみにしています。

彼女のご主人に障害を持ったお兄さんがいることは今回のメールで初めて知りました。
施設に暮らしていたそのお義兄さんを、義両親様が亡くなった後、お正月に連れ帰っていたというのです。
親ならともかく、きょうだいの面倒はなかなか見れるものではありません。
同じ立場にたった時、私にできるかどうか自信はありません

こんなステキな友人を持てたことは本当に嬉しいことです



今は亡くなっているのですが、
主人にはちょうど20歳もちがう障害をもったお兄さんがいました。
主人のお父様とお母様は私達が結婚した翌年に亡くなっています。
施設にお世話いただいていたのですが、
施設の方から”お正月はご実家で過ごされる方が多いんですよ”と
お聞きしてからお兄さんが病気で来れなくなるまで12年ほど
毎年お正月2~3泊していただきました。
ちょうど子供が幼稚園、小学生、中学生の頃です。
私達は長男が1歳を迎えたとき、お父様、お母様が
亡くなって空き家になっていた家に引越し、してきていました。
その家はお兄さんにはおとうさん、おかあさんと住んでいて
懐かしく楽しい思い出もたくさんあったはずの家でしたので
多分とても嬉しかったと思います。
歩くという事が出来ないので”はいはい”で家の中を移動します。
パーキンソン病ももっていたので、ふるえで言葉もとてもとても
聞き取りにくく何回も聞きなおしたりしましたが、お兄さんがどんなに
喜んでくれているかと思うと私もとても嬉しくてお兄さんが来ると
お正月を迎える気分になりました。
主人の車を施設の玄関前に止め、主人はおんぶって車に乗せました。
病気が治ってまた来てくれる日を心から祈りましたが、
帰らぬ人になりました。平成4年に亡くなっていますが、今でも寂しいです。

私にはあまりにも弟さんご夫婦の事が理解できず
思わずこのような事を書いてしまいました。

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ジェミニの方舟とファィアー・フライ

2009-01-15 | 趣味の時間
今年最初に手にした一冊は高嶋哲夫氏の「ジェミニの方舟」副題は―東京大洪水―

前作「M8」「TSUNAMI」に続く災害三部作の三部目で、未曾有の大型台風が首都を襲うというものです。
荒川の氾濫で東京が水没する!
気象学者の夫と建築デザイナーの妻はそれぞれの立場で台風と戦うことになります。

彼らの息子は祖母と共に避難しますが途中でバスから抜け出し、大好きな叔父の元を訪ねたまま避難所へ行けなくなり叔父と近所のおばあさんと家の中に閉じ込められます。やがて荒川は氾濫、家は流されてゆくのですが、ここで思い出したのは1970年代に放送されたドラマ「岸辺のアルバム」でした。

多摩川の堤防が決壊し家屋が流出した実話をもとに山田太一さんが脚本・演出したテレビドラマは当時評判になりました。

「ジェミニの方舟」の物語はもうダメかという局面で台風の目の中に入ることになります。
台風との闘いを縦軸に、家族とのかかわりを横軸に据えた、なかなか読ませる作品でした。


続けて読んだのも高嶋氏の「ファイアー・フライ」
こちらは社長と間違われて誘拐された研究員の話。
監禁された廃村で心を通わせていく研究員と二人の誘拐犯。

帯にはストックホルム症候群と呼ぶにはあまりに切ない展開とあり、三人の心の交流を描いたものかと思ったら、それだけではありません。

やがて研究員の横領疑惑が浮上して・・・
研究員はその疑惑を払おうと行動を起こします。
このあたり、ちょっとミステリー仕立てでサクサクと読めました。

でも高嶋氏、男女の物語はあまり得意ではないのでは?って私は思うんですよね
コメント (5)
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2009年へ

2009-01-05 | 実家に関すること
年末は荒れた天気になりました
風が強く雪交じりの雨。高速道路も冠水のための通行止めがでるほどでした。

そんな中スーパーの開店と同時に買い物に行き、実家に買った物を置き、時間があったので神棚の掃除を済ませて早めに父を迎えに行きました。
11時には実家に連れ帰り、前もって頼んでいたお蕎麦で昼食にしました

夕食は父が大好きなウニやホタテのお刺身、タラバガニなどを用意したのですがよく食べてくれました。一枚買ったウニなどは半分以上食べたようです

在宅の時は朝食はパンでした
でも施設ではお粥なのでパンは出ません。なので、朝はパンとコーヒーにヨーグルトとバナナを用意しました。残すかなと思ったのですが全部食べてくれました。
お昼を済ませて、施設へ送っていったのは14時。

実家では多くの時間を長椅子に横になって過ごした父ですが、それでもベッドにいる施設での生活よりは刺激になったと思います。
常に家族がそばにいるというのは、父にとっても嬉しい時間であったと信じたい。
今回も父を連れ帰ることができたのは、やはり夫の理解があったから。
それは本当にありがたいことだと思います。


ところで
31日の夕方、悪天候の中をやってきた義妹。
玄関先で開口一番この天気なので心配していたけど、お義父さん帰ってこれて良かったわ

家に入って父の顔を見てお義父さん、帰ってこれて良かったね。やっぱり自分の家は良いでしょ

28日に帰省した息子たちに(家を処分しなければならないので)それぞれが置いて行った荷物を片付けさせたら風邪をひいてしまった お義父さんに移したら悪いと思って今日は連れてこなかったけれど、息子たちが帰る前に施設の方に会いに行きますから。

そう言って腰を上げた義妹。
玄関でお義父さん、帰ってこれて良かったわ~。やっぱり良い顔してるものね

そして、新聞の読者投稿欄の記事の話をして(自宅に帰りたいとか、帰れなくて寂しいとかいう投稿記事が掲載されていたようですが、私は聞くつもりがなかったので右から左)

除雪もしないで済むようにしてくれて助かりました。やっぱり大変だったので と言って帰って行きました。

義妹がいたのは20分程度でした。
31日に来るか、1日に来るか、と思っていたのですが早くに来てくれてよかった。
年の始めから気分の悪い思いはしたくない。


無事に父の外泊も終わり、お正月も終わり、今日から夫は出社。また日常が戻ってきました。




明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します
コメント (9)
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