絵入 好色一代男 八前之内 巻一 井原西鶴
天和二壬戌年陽月中旬
大阪思案橋 孫兵衞可心板
『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【1】十六丁オ 井原西鶴
十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は
殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎
をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて
おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ
ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に
舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の
口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ
物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく
一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに
まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も
十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は
殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎
をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて
おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯
れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に
舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の
口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ
物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく
一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに
招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も
源氏酒(げんじさけ) 大辞林
〘名〙 酒席での遊びの一つ。二組に分かれて、「源氏物語」の巻の名を挙げながら酒杯のやりとりをするものと、源平の二組に分かれて、それぞれの武将の名を名のりながら酒杯のやりとりをするものとの二つの方法がある。源氏酒盛り。
浜庇(はまびさし)
《万葉集二七五三の「浜久木(はまひさぎ)」の表記を伊勢物語で読み誤ってできた語という》
(はまびさし)浜辺の家のひさし。また、浜辺の家。多く「久し」の序詞として用いられる。
「浪間より見ゆる小島の―久しくなりぬ君に逢ひ見で」〈伊勢一一六
蜑(あま) 【海人 蜑】
魚介をとったり藻塩を焼いたりするのを業とする者。漁師。古くは海辺(あまべ)に属した。あまびと。いさりびと
『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき
【1】十六丁オ 井原西鶴
十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は
殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎
をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて
おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ
ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に
舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の
口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ
物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく
一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに
まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も
十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は
殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎
をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて
おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯
れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に
舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の
口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ
物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく
一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに
招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も
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