『身毒丸 』 折口信夫 13 其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
小汗のにじむ日である。
小さな者らは、時々立ち止つて、山の腰から泌み出てゐる水を、手に受けためては飲んだ。
さうして隔つた人々に追ひすがる為に、顔をまつかにしては、はしり/\した。
国見山をまへにして、大きな盆地が、東西に長く拡つてゐた。
可なりな激湍を徒渉りして、山懐に這入ると、瀁田に代掻く男の唄や、牛の声が、よそよりは、のんびりと聞えて来た。
其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。
瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
源内法師は、すぐ明日の踊りの用意にかゝる。
力強い制多迦(せいたか)は、屋敷の隅の納屋から榑材などをかつぎ出すその家の下部らに立ちまじつて、はたらいてゐる。
身毒は、広々とした屋敷うちを、あちらこちらと歩いて見た。
それは、低い田居を四方に見おろす高台の上を占めて、まんなかにちよんぼりと、百坪あまりの建て物がたつてゐるのであつた。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
『身毒丸 』 折口信夫 10 accident
『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
『身毒丸 』 折口信夫 13 其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
小汗のにじむ日である。
小さな者らは、時々立ち止つて、山の腰から泌み出てゐる水を、手に受けためては飲んだ。
さうして隔つた人々に追ひすがる為に、顔をまつかにしては、はしり/\した。
国見山をまへにして、大きな盆地が、東西に長く拡つてゐた。
可なりな激湍を徒渉りして、山懐に這入ると、瀁田に代掻く男の唄や、牛の声が、よそよりは、のんびりと聞えて来た。
其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。
瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
源内法師は、すぐ明日の踊りの用意にかゝる。
力強い制多迦(せいたか)は、屋敷の隅の納屋から榑材などをかつぎ出すその家の下部らに立ちまじつて、はたらいてゐる。
身毒は、広々とした屋敷うちを、あちらこちらと歩いて見た。
それは、低い田居を四方に見おろす高台の上を占めて、まんなかにちよんぼりと、百坪あまりの建て物がたつてゐるのであつた。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
『身毒丸 』 折口信夫 10 accident
『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
『身毒丸 』 折口信夫 13 其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
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