『身毒丸 』 折口信夫 12 源内法師は忘れつぽい弟子達の踊りの手振りや、早業の復習の監督に暇もない。住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた。
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
五度目の写経を見た彼は、もう叱る心もなくなつてゐた。
程近い榎津や粉浜の浦で、漁る魚にも時々の移り変りはあつた。
秋の末から冬へかけて、遠く見渡す岸の姫松の梢が、海風に揉まれて白い砂地の上に波のやうに漂うてゐる。
庭の松にも鶉の棲む日が来た。
住吉の師走祓へに次いで生駒や信貴の山々が連日霞み暮す春の日になつた。
弟子たちは畑も畝うた。
猟にも出かけた。
瓜生野の座の庭には、桜や、辛夷は咲き乱れた。
人々は皆旅を思うた。
源内法師は忘れつぽい弟子達の踊りの手振りや、早業の復習の監督に暇もない。
住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた。
横山のかげが、青麦のうへになびく野を越えて、奈良から長谷寺に出た一行は、更に、寂しい伊賀越えにかゝつた。
草山の間を白い道がうねつて行く。
荒廃した海道は、処々叢になつてゐて、まひ立つ土ぼこりのなかに、野多が血を零したやうに咲いてゐたりした。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
『身毒丸 』 折口信夫 10 accident
『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
五度目の写経を見た彼は、もう叱る心もなくなつてゐた。
程近い榎津や粉浜の浦で、漁る魚にも時々の移り変りはあつた。
秋の末から冬へかけて、遠く見渡す岸の姫松の梢が、海風に揉まれて白い砂地の上に波のやうに漂うてゐる。
庭の松にも鶉の棲む日が来た。
住吉の師走祓へに次いで生駒や信貴の山々が連日霞み暮す春の日になつた。
弟子たちは畑も畝うた。
猟にも出かけた。
瓜生野の座の庭には、桜や、辛夷は咲き乱れた。
人々は皆旅を思うた。
源内法師は忘れつぽい弟子達の踊りの手振りや、早業の復習の監督に暇もない。
住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた。
横山のかげが、青麦のうへになびく野を越えて、奈良から長谷寺に出た一行は、更に、寂しい伊賀越えにかゝつた。
草山の間を白い道がうねつて行く。
荒廃した海道は、処々叢になつてゐて、まひ立つ土ぼこりのなかに、野多が血を零したやうに咲いてゐたりした。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
『身毒丸 』 折口信夫 10 accident
『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
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