「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
→こちら Instagram

お題目、唱えて治るならいいけれど

2007-04-16 | ●介護録(~2015.2月)

親戚がやってきた。その人はある宗教を信仰している。

母の話をするとその人は言った。

「毎朝、東に向かってお題目を三回となえるといい」
それをすることで私が変わる…するとそれは母にも通じて、何かが変わると。

医者から見放された人が治ったという話はたくさんあるのだという。しかし、同時にその人は言った。
「それでも死んでしまう人もいるけどね、人には寿命があるから」

………なんか矛盾してない

お題目唱えた人みんなが救われるならズコイ…と思う。けど、やってもだめな人もいる…というのでは、そのお題目の効果なんて思えない。
第一、まったく信仰心のない者が急にそんなことやって救われるとしたら、それも矛盾してる気がする。

百歩譲って、心の問題とか悩みなら「お題目を唱えているのだからきっとヨイ方向にいく」と思うことで自分の意識が変わり、行動が変わり、周りが変わり、結果としてヨイ方向に転ぶというのはありかな、と思う。

でもね~~
私がお題目唱えて、それで母の認知症が治るなんてどう考えてもあり得ない。
せいぜい、唱えているんだからうまくいく…というプラス思考が母と対応する時に心の余裕になる程度はあるかな~~でも、それにはまず、そのお題目に効果があるという信念が必要で、残念ながら私にはナイ

ということで、私は唱えません。
この親戚が何をしに来たかというと市議会選挙が近いから。それだけ。
コレを言うと何の宗教かすぐ分かるよね。

P・S
雪はまだ全部溶けてません……春よ来い