「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

悔しいね……

2014-10-06 | ●介護録(~2015.2月)
母に
「悔しいね……」と声かけた。
もちろん返事なんてない。

悔しいという言葉は今まで口にしなかったと思う。

進行して、コミュニケーションも取れない、食べられない、言葉もない……そんな状況になって
自然と悔しいね……という言葉が出た。

母と同世代の方が元気に働いている姿、テレビ等で見てしまうと、
認知症になってなかったら……と思ってしまう。
そんなことは今までにもあったけど、なぜか悔しいという感覚にはならなかった。

だけど今はただ寝かされて……話も出来ず……点滴に繋がれて

ホントに切なくて、見てるのが辛くて
せめて意思の疎通が出来たらと思うと、悔しいよ……と思ってしまった。


知り合いに、
「家族だからそう思うかもしれないけど、世間的に見れば
その年齢ならある程度仕方ないって思うところだよ」
と言われたことがある。

確かに
若くして亡くなられたり、重い障害をもつこともあり、そうした場合と比べたら高齢者なんだから……。
元気な高齢者もいるけれど、だれもが90や100までいきられる訳じゃない。
65で逝った父は、チョット早いよね……と言われたけど、
今80の母はそうは言われないだろう。

だけど
認知症は嫌だよ
人ではなくなってしまうような認知症は嫌だ。
認知症になって迎える最期は嫌だ

ただ、本人は楽かもしれない。
余命宣告されるでもなく、自分の状態もわからないのだから。

先日、介護友人さんが医師の講演を聞きに行き、そのなかで、
進行に伴って患者への対応が、励ます→支える→寄り添うと変化し、目に見えない「寄り添う」は人間力が必要という話をされていたそうです。

寄り添うには忍耐力がいる……と感じてたけど、それは確かに具体的に目に見えなくて、頼りなく、成果も感じられないからなんだと凄く納得した。
徘徊に付き合うのは苦痛だし、車椅子移乗や食事介助も大変だけど、やることははっきりしてて、目に見えるものね。

今の私、寄り添うのが苦痛でもあります。
コミュニケーションがとれないので、面会してもむなしさがつきまとい、私を認識しているかもわからないから、行った甲斐も感じとれず…………


だから病院通いに大きなエネルギーが必要デス

でも、行かなきゃ後悔しそうだし
やっぱり淋しさもあるし

介護って
ホントに大変だよ……








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6 コメント

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私は (hachi)
2014-10-06 10:11:07
老健入ってるほうが楽と思っていました。
確かに、体力的にはすごい楽だったのですが、
退所して、家で見るようになって、見舞いに行くことが
どれだけ精神的にしんどかったかわかりました。
エネルギー使ってました。
今は、なんか、しんどいけど、気持ちが全く違います。
ビゴさんのしんどさとは、比べ物にならないですが・・。
(ニベアって外国の高級化粧品と同じ成分らしいですね。
ネットでニベアで調べたらでてきました(笑))
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hachiさんへ (ビゴ)
2014-10-11 20:29:03
見える介護というのか、着替えさせて、食べさせて、支えて……ということをやるのは、多分やることはっきりしてるので、体は大変だけど、精神的には楽だったりするんだろなと今思ってます。
老健通いの時は、いずれ戻って来るというのもあったから、その日までの介護休暇という気持ちもあり、楽しつつ通えてました。
でも今はそんなふうには思えないですね。
病院というところに通い続けること自体、なんかキツイ。
で、もう戻れないわけなので、未来無し。虚しいだけ。寄り添うだけというのはなかなか苦しい。もちろん肉体は楽ですが……。

ニベアって、ナニモノだ!!……と思わず一言。
長く愛されるものには理由があるんですね。
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おひさしぶり (かわうそ)
2014-10-15 07:22:32
オハヨウゴザイマス
わたしの母も今療養型なの
ビゴさんと同じ思いかな
でもビゴさんの方がきっちりお母さまに向かい合っている

こちらはあれからいろいろあって、今は落ち着いている
とはいえ


ビゴさんに直接会ってお話しできたらなあ、、などと妄想します
(ついでにまたハムが日本一になることも妄想笑)

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かわうそさんへ (ビゴ)
2014-10-15 19:12:26
お久しぶりでした~~

そうかあ~~同じ療養型でしたか。
みんなそんな道をたどっていくものなのかな?

母より年上でホームにいる方の娘さんに、療養型になど行かずに最期を迎えてほしいよ~と言ってしまいます。

うーーーん、ホークスに一点先制された~~
まあ、三位だから…と気楽に。
若手が伸びて、来年が楽しみ。
マックいないけど……(T.T)
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初めまして (yutan)
2014-12-03 01:14:16
うちの義父は脳腫瘍と水頭症の為、認知症になりました。
徘徊や言動などで悩む日々でした。
水頭症のシャント手術をしたら、だんだん歩けなくなり、無表情、飲み込みも出来なくなり、胃瘻を勧められたけど、手の動きがすごくて取る危険があったので断念。
先月、呼吸が浅くなった危篤状態で入院→転院、点滴だけを足にしています。
ずっと、目のまばたきだで意思の疎通をしていました。
痰の吸引の時に、痛っ!て言うくらい。
在宅が続けられなくなって、後は死ぬのを待つだけになって、私はおじいちゃんの姿を見ては悲しくて泣きくれる日々でした。
ところが、頭の真ん中にあった脳腫瘍が下にずれた為なのか、ある日突然話が出来るようになり、お腹がすいたと訴え、嚥下訓練も出来るようになりました。
ここ数ヶ月の事は全く覚えてないようです。
正気を少し取り戻した今の状況が辛いみたいで、無理やわがままを言っています。
生き返った今、やっとわかりました。
こないだまでのおじいちゃんは全然かわいそうじゃなかったんだって。
本能だけで生きてるから今よりずっと心は軽かったようです。
多分お母さん、今穏やかで幸せな気持ちだと思いますよ^o^
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yutanさんへ (ビゴ)
2014-12-05 14:03:34
はじめまして

>頭の真ん中にあった脳腫瘍が下にずれた為なのか、ある日突然話が出来るようになり、お腹がすいたと訴え、嚥下訓練も出来るようになりました。

こういうこともあるんですね!
この事実だけみると、回復して何より…と思うところです。
だけど確かに
認知症は本人がいろいろと認識しないので楽の何だろうな…と思うことがたくさんありました。
理性が緩んで、思うままに生きてるような…
だから今の母も自分の状態をよくわからなくて、微熱か出ダリ、タン吸引で体はキツイかもしれないけどそれを認識していない?のなら精神的には楽なのかもしれない。
ただ、それに確信を持てないから
見てる側としては辛そうだから切ないのですが
yutanさんはリアルに実感されたんですね。
貴重なお話有り難いです。
そういう思い出母のこと、見守っていきます。
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