博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『甲骨文字小字典』

2011年02月20日 | 中国学書籍
落合淳思『甲骨文字小字典』(筑摩選書、2011年2月)

『甲骨文字の読み方』等でお馴染みの落合氏による甲骨文字の字典ということでチェックしてみましたが、小学校段階での教育漢字約300字に絞ったということで、白川静『常用字解』とコンセプトが似通っちゃったのが何とも残念です。思い切って現在ではそれほど使われていないが、甲骨文では頻用されている文字とか、現在では存在しない文字をドシドシ取り入れた方が、『常用字解』と差別化する意味でも、甲骨文の世界観を示すという意味でも良かったのではないかと思います。

本書では各文字ごとにその文字の成り立ち(すなわち字源)と、甲骨文中での意味・使われ方とがそれぞれ説明されており、必ず甲骨文の例文が付されているのが評価できます。字源の部分では随分と白川静の説が批判されていますが、例えば「曲」字の項(本書307頁)で「加藤・白川は竹などを曲げて作った器とし、藤堂は曲がったものさしとするが、甲骨文字には、原義や成り立ちを明らかにできる記述がない。」としているように、甲骨文での用例から字源説にツッコミを入れるという批判の仕方が多いのですが、このあたりは字源と甲骨文での用いられ方をごっちゃにしているんじゃないかという気が……

また、「室」字の項(本書259頁)で、「白川は、死者を殯葬する板屋を作る際に矢を放って場所を占ったため、『室』に矢が到達する形の『至』を含むとするが、殷代にそのような習慣があったことは確認されていない。」としているように、字源と民俗とを結びつける白川の方法を批判していますが、むしろ白川静からすると、字形からそのような民俗が確かに存在したのだと証明できるという考え方だと思うので、批判の仕方としてはあんまり有効ではないと思います。私自身も白川静的な字源解説には不満を持つことが多いので、ツッコミの入れ方にもうちょっと工夫があれば良かったと思う次第。

あるいは、字源については余程確かな文字以外は言及しない、もしくは字源の項目ごと思い切って削除してしまった方が良かったのかもしれません。甲骨文中での意味や使われ方の解説だけでも『甲骨文字小字典』としては充分に成立したはずですし、むしろテキストとしての甲骨文の読解に本当に必要なのはその部分なのですから。(まあ、でも一般的には字源解説の方が需要があるのでしょうけど……)

あと、「豊」字と「豐」字とは区別すべきではないかとか、「福」字の項で挙げられている文字は「福」字ではない(現在では「祼」字とされることが多い)とか、細かな問題点はたくさんありますが、煩瑣になるので省略します。
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