入門 国境学 - 領土、主権、イデオロギー (中公新書)の感想
世界の国境のあり方から、日本の領土問題や国境のあり方を論じる。北方領土・竹島・尖閣諸島について、陸の論理が海や島には通用しないという点、また根室や沖縄に関して現地住民の意識がないがしろにされているという点については同意。最後のボーダーツーリズムについては、必ずしも政府やお役所が歓迎する方向ではないだろうが、これも「役に立つ」学術のあり方なのかと感じた。
読了日:6月1日 著者:岩下明裕
中国メディア戦争―ネット・中産階級・巨大企業 (NHK出版新書 488)の感想
中国では情報統制があるというのは事実だが、人々は真実を知らないわけではないし、知ろうとしないわけでもない。そのことを、「七〇後」世代と中産階級の動きを中心に確認していく。中産階級より更に下の階層の動きや志向をスルーしていることについては批判もあるだろうが、それは他の論者の著作で補充すればよいと思う。
読了日:6月6日 著者:ふるまいよしこ
シナに魅せられた人々―シナ通列伝 (研文選書)の感想
戦前のいわゆる「シナ通」6名プラスアルファの評伝。宮崎滔天や内山完造のような著名人ではなく、後藤朝太郎・井上紅梅のような、功成り名遂げたとは言いがたい微妙な有名人や無名人を取り上げる。こうして「シナ通」たちの活動を見てみると、中国や中国文化を特殊なもの、すなわち普遍的でないものと見ることが中国理解の妨げになっているように感じられてならない。
読了日:6月7日 著者:相田洋
秩禄処分 明治維新と武家の解体 (講談社学術文庫)の感想
秩禄処分といえば「士族の商法」とか士族の帰農がまず思い浮かぶが、本書によれば、経験のない者にいきなり農業をやらせるのは相当無理なことであるようだ。これはサラリーマンが退職(あるいは失業)したら田舎で農業をみたいなことがよく言われる現代にも通じる教訓だろう。あとは本書で言及される、当局がまず自主的な改革を命じ、その不徹底を理由に抜本的な改革を命じるとか、本来は貴族自身の自主的な判断でなされるはずのノブレス・オブリージュが、下々の方から強制されるというのも今でも「あるある」である。
読了日:6月8日 著者:落合弘樹
革命とナショナリズム――1925-1945〈シリーズ 中国近現代史 3〉 (岩波新書)の感想
本書を読んで、近代中国のナショナリズムが日本の侵略を承けて形成されたことを再認識。個別の指摘としては、「南京大虐殺」当時の日本軍が予備役・後備役を中心とし、練兵や軍規の面で大変質が悪かったこと、1930年当時の湖南長沙の人口が30万人であったこと(=この数え方でいくと、長沙より人口が多いと見られる同時期の南京の人口は、30万人を軽く超えると思われること)などが注目される。
読了日:6月9日 著者:石川禎浩
移民大国アメリカ (ちくま新書)の感想
アメリカの移民政策とその実状、移民によるロビー活動、日本での移民受け入れの展望から成るが、移民によるロビー活動の部分を面白く読んだ。日本でも話題となった下院での慰安婦決議については、中国におけるウイグル人の人権問題などとセットで決議され、人権や女性の権利の保護といった普遍的な価値観を重視するという文脈で訴えたことが決議の大きな要因となったと指摘。日本の移民政策については、日本は既に実質的に移民社会となりつつあるという指摘に同意。
読了日:6月12日 著者:西山隆行
社会主義への挑戦 1945-1971〈シリーズ 中国近現代史 4〉 (岩波新書)の感想
比較的オーソドックスな中国現代史だと思うが、当時のソ連などとの対外関係や、日本・韓国などとの比較に紙幅を割いているのが特徴か。中華人民共和国が当初から社会主義をめざしていたわけではないこと、文革期の下放が、当時都市部の高校卒業者の進路がほとんどなかったことを承け、彼らを紅衛兵の供給源としないための措置だったこと、王蓉芬のように少ないながらも当時の毛沢東に批判的な若者も存在したことなどを指摘。
読了日:6月14日 著者:久保亨
兵隊になった沢村栄治: 戦時下職業野球連盟の偽装工作 (ちくま新書)の感想
「戦時下職業野球連盟の偽装工作」というサブタイトルの方が本題。よく話題になる「ストライクをヨシと言い換えた」式の、チーム名や野球用語の日本語化は、当初は野球連盟側の自主規制だったのが、後に陸軍報道部から、日本語化の更なる徹底を要請(実質的には命令)されるという二段階からなるとのこと。あとは、戦前から巨人のオーナーが横暴だったのが印象的。今と異なるのは、他のチームのオーナーが一致団結して巨人をハブったりして横暴を抑えたことと、陸軍という共通の敵が現れると、巨人も他のチームと協調の姿勢を示したことだが…
読了日:6月17日 著者:山際康之
大元帥と皇族軍人 明治編 (歴史文化ライブラリー)の感想
皇族や公家が戊辰戦争の総督・参謀などに押し出され、若い頃の西園寺公望が「やんちゃ」だったという話を見ると、何となく幕末の皇族・公家の立ち位置が南北朝時代のそれとかぶるように思える。あとは西南戦争が皇族・華族のノブレス・オブリージュ実践のはしりとなったこと、皇族の軍人化に対して華族の軍人化が思うように進まなかった点などが興味深い。
読了日:6月19日 著者:小田部雄次
梁啓超――東アジア文明史の転換 (岩波現代全書)の感想
梁啓超が日本亡命時代に執筆した『清議報』『新民叢報』の論説の分析が中心。戊戌の政変以後清朝政府にとってはお尋ね者だったはずが、皇族の載沢らを中心とする海外視察団の報告書を(無論匿名で)代筆したという話が面白い。あとは在日華僑が小学校の開設にこだわったという話や、清末の日本への留学生の数が、在日華僑の人口や、日本人の高等学校への進学者の数を優に上回っていたという、亡命時代の梁啓超を取りまく背景が興味深い。
読了日:6月21日 著者:狹間直樹
歴史学ってなんだ? (PHP新書)の感想
本書購入時以来の再読。「歴史学とは何か」というより「役に立つ学術とは何か」あるいは「学術が役に立つとはどういうことか」を追求している感がある。「というよりも、歴史家がどう思うかにかかわりなく、歴史学は社会の役に立つツールを提供してしまうにちがいありません」という著者の言葉通り、学術は発表されれば何かの拍子に勝手に世の中の役に立ってしまうものではないか。
読了日:6月23日 著者:小田中直樹
元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)の感想
本書では元老を伊藤・山県・黒田・井上馨・松方・西郷従道・大山・西園寺の8名のみとしているが、「元勲優遇の詔勅」を元老の条件としない点などで、どうしても曖昧さが残るように思う。あとは伊藤博文の構想では大日本帝国憲法は君主機関説を前提としていたこと、明治日本の指導者が他の開発独裁を進めた国の指導者と比べて腐敗が少なかったことが、近代化成功の大きな要因としている点が気になった。
読了日:6月27日 著者:伊藤之雄
「正史」はいかに書かれてきたか―中国の歴史書を読み解く (あじあブックス)の感想
TLでしばらく前に正史の話題が出たので再読。『史記』『漢書』『三国志』『後漢書』が当初私撰の書であり、特に『史記』において、後代で言う稗史・野史的な要素を多分に含んでいることを思うと、正史と稗史・野史の区別に必要以上にこだわることは、史学史以外の文脈で果たしてどれほどの意味があるのかと思った。
読了日:6月27日 著者:竹内康浩
自由民権運動――〈デモクラシー〉の夢と挫折 (岩波新書)の感想
同時期に出た中公新書の『元老』が明治政治史のメインストリームを扱っているとすれば、こちらはサブということになろうか。自由民権運動を戊辰戦後デモクラシーと位置づけ、政府と民権派の対立を、来たるべき社会の構想をめぐるものではなく、どちらが来たるべき社会の担い手となるかをめぐるものであり、政府と民権派双方に相手側との対話・協調を拒絶したとする。この対立の構図が21世紀の現在に再び復活していると見れば、前世紀の「55年体制」は与党と野党との馴れ合いではなく、政治の成熟を示すものだったのかもしれない。
読了日:6月30日 著者:松沢裕作
世界の国境のあり方から、日本の領土問題や国境のあり方を論じる。北方領土・竹島・尖閣諸島について、陸の論理が海や島には通用しないという点、また根室や沖縄に関して現地住民の意識がないがしろにされているという点については同意。最後のボーダーツーリズムについては、必ずしも政府やお役所が歓迎する方向ではないだろうが、これも「役に立つ」学術のあり方なのかと感じた。
読了日:6月1日 著者:岩下明裕
中国メディア戦争―ネット・中産階級・巨大企業 (NHK出版新書 488)の感想
中国では情報統制があるというのは事実だが、人々は真実を知らないわけではないし、知ろうとしないわけでもない。そのことを、「七〇後」世代と中産階級の動きを中心に確認していく。中産階級より更に下の階層の動きや志向をスルーしていることについては批判もあるだろうが、それは他の論者の著作で補充すればよいと思う。
読了日:6月6日 著者:ふるまいよしこ
シナに魅せられた人々―シナ通列伝 (研文選書)の感想
戦前のいわゆる「シナ通」6名プラスアルファの評伝。宮崎滔天や内山完造のような著名人ではなく、後藤朝太郎・井上紅梅のような、功成り名遂げたとは言いがたい微妙な有名人や無名人を取り上げる。こうして「シナ通」たちの活動を見てみると、中国や中国文化を特殊なもの、すなわち普遍的でないものと見ることが中国理解の妨げになっているように感じられてならない。
読了日:6月7日 著者:相田洋
秩禄処分 明治維新と武家の解体 (講談社学術文庫)の感想
秩禄処分といえば「士族の商法」とか士族の帰農がまず思い浮かぶが、本書によれば、経験のない者にいきなり農業をやらせるのは相当無理なことであるようだ。これはサラリーマンが退職(あるいは失業)したら田舎で農業をみたいなことがよく言われる現代にも通じる教訓だろう。あとは本書で言及される、当局がまず自主的な改革を命じ、その不徹底を理由に抜本的な改革を命じるとか、本来は貴族自身の自主的な判断でなされるはずのノブレス・オブリージュが、下々の方から強制されるというのも今でも「あるある」である。
読了日:6月8日 著者:落合弘樹
革命とナショナリズム――1925-1945〈シリーズ 中国近現代史 3〉 (岩波新書)の感想
本書を読んで、近代中国のナショナリズムが日本の侵略を承けて形成されたことを再認識。個別の指摘としては、「南京大虐殺」当時の日本軍が予備役・後備役を中心とし、練兵や軍規の面で大変質が悪かったこと、1930年当時の湖南長沙の人口が30万人であったこと(=この数え方でいくと、長沙より人口が多いと見られる同時期の南京の人口は、30万人を軽く超えると思われること)などが注目される。
読了日:6月9日 著者:石川禎浩
移民大国アメリカ (ちくま新書)の感想
アメリカの移民政策とその実状、移民によるロビー活動、日本での移民受け入れの展望から成るが、移民によるロビー活動の部分を面白く読んだ。日本でも話題となった下院での慰安婦決議については、中国におけるウイグル人の人権問題などとセットで決議され、人権や女性の権利の保護といった普遍的な価値観を重視するという文脈で訴えたことが決議の大きな要因となったと指摘。日本の移民政策については、日本は既に実質的に移民社会となりつつあるという指摘に同意。
読了日:6月12日 著者:西山隆行
社会主義への挑戦 1945-1971〈シリーズ 中国近現代史 4〉 (岩波新書)の感想
比較的オーソドックスな中国現代史だと思うが、当時のソ連などとの対外関係や、日本・韓国などとの比較に紙幅を割いているのが特徴か。中華人民共和国が当初から社会主義をめざしていたわけではないこと、文革期の下放が、当時都市部の高校卒業者の進路がほとんどなかったことを承け、彼らを紅衛兵の供給源としないための措置だったこと、王蓉芬のように少ないながらも当時の毛沢東に批判的な若者も存在したことなどを指摘。
読了日:6月14日 著者:久保亨
兵隊になった沢村栄治: 戦時下職業野球連盟の偽装工作 (ちくま新書)の感想
「戦時下職業野球連盟の偽装工作」というサブタイトルの方が本題。よく話題になる「ストライクをヨシと言い換えた」式の、チーム名や野球用語の日本語化は、当初は野球連盟側の自主規制だったのが、後に陸軍報道部から、日本語化の更なる徹底を要請(実質的には命令)されるという二段階からなるとのこと。あとは、戦前から巨人のオーナーが横暴だったのが印象的。今と異なるのは、他のチームのオーナーが一致団結して巨人をハブったりして横暴を抑えたことと、陸軍という共通の敵が現れると、巨人も他のチームと協調の姿勢を示したことだが…
読了日:6月17日 著者:山際康之
大元帥と皇族軍人 明治編 (歴史文化ライブラリー)の感想
皇族や公家が戊辰戦争の総督・参謀などに押し出され、若い頃の西園寺公望が「やんちゃ」だったという話を見ると、何となく幕末の皇族・公家の立ち位置が南北朝時代のそれとかぶるように思える。あとは西南戦争が皇族・華族のノブレス・オブリージュ実践のはしりとなったこと、皇族の軍人化に対して華族の軍人化が思うように進まなかった点などが興味深い。
読了日:6月19日 著者:小田部雄次
梁啓超――東アジア文明史の転換 (岩波現代全書)の感想
梁啓超が日本亡命時代に執筆した『清議報』『新民叢報』の論説の分析が中心。戊戌の政変以後清朝政府にとってはお尋ね者だったはずが、皇族の載沢らを中心とする海外視察団の報告書を(無論匿名で)代筆したという話が面白い。あとは在日華僑が小学校の開設にこだわったという話や、清末の日本への留学生の数が、在日華僑の人口や、日本人の高等学校への進学者の数を優に上回っていたという、亡命時代の梁啓超を取りまく背景が興味深い。
読了日:6月21日 著者:狹間直樹
歴史学ってなんだ? (PHP新書)の感想
本書購入時以来の再読。「歴史学とは何か」というより「役に立つ学術とは何か」あるいは「学術が役に立つとはどういうことか」を追求している感がある。「というよりも、歴史家がどう思うかにかかわりなく、歴史学は社会の役に立つツールを提供してしまうにちがいありません」という著者の言葉通り、学術は発表されれば何かの拍子に勝手に世の中の役に立ってしまうものではないか。
読了日:6月23日 著者:小田中直樹
元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)の感想
本書では元老を伊藤・山県・黒田・井上馨・松方・西郷従道・大山・西園寺の8名のみとしているが、「元勲優遇の詔勅」を元老の条件としない点などで、どうしても曖昧さが残るように思う。あとは伊藤博文の構想では大日本帝国憲法は君主機関説を前提としていたこと、明治日本の指導者が他の開発独裁を進めた国の指導者と比べて腐敗が少なかったことが、近代化成功の大きな要因としている点が気になった。
読了日:6月27日 著者:伊藤之雄
「正史」はいかに書かれてきたか―中国の歴史書を読み解く (あじあブックス)の感想
TLでしばらく前に正史の話題が出たので再読。『史記』『漢書』『三国志』『後漢書』が当初私撰の書であり、特に『史記』において、後代で言う稗史・野史的な要素を多分に含んでいることを思うと、正史と稗史・野史の区別に必要以上にこだわることは、史学史以外の文脈で果たしてどれほどの意味があるのかと思った。
読了日:6月27日 著者:竹内康浩
自由民権運動――〈デモクラシー〉の夢と挫折 (岩波新書)の感想
同時期に出た中公新書の『元老』が明治政治史のメインストリームを扱っているとすれば、こちらはサブということになろうか。自由民権運動を戊辰戦後デモクラシーと位置づけ、政府と民権派の対立を、来たるべき社会の構想をめぐるものではなく、どちらが来たるべき社会の担い手となるかをめぐるものであり、政府と民権派双方に相手側との対話・協調を拒絶したとする。この対立の構図が21世紀の現在に再び復活していると見れば、前世紀の「55年体制」は与党と野党との馴れ合いではなく、政治の成熟を示すものだったのかもしれない。
読了日:6月30日 著者:松沢裕作