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昨日は七夕の前日。
ようやく笹が届いたので、
職場の子どもたちと七夕飾りや、短冊に願いごとを書いて、笹につるした。
* * *
「どうせ願い事なんてかなうわけがない」
* * *
↑
最初は、
こういう重たい言葉も発してた子どもたちも、
最終的に飾り付けられた笹を見て、
子どもたちは、満面な笑みを浮かべて満足そうだった。
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とにかくね、
『しんどい思いをした分だけやり切った達成感は大きい』
『今は先が見えなくても、コツコツと目の前の作業を続ければ何かしらの成果が得られる』
子どもたちには、こういう作業を通してこれらを味わってほしいと思っている次第。
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もちろん目の前の成果も大事だけど、
10年後、20年後の子どもたちの力になるような、
子どもたちそれぞれの「心を育てる」ような、
そういう支援をできれば良いなと考えている今日この頃。
「どうせ願いなんか叶わない」……
まるで私の子どもの頃そのままの言葉です。
私はとてもひねくれ者だったんです。でもね、高校で「高校の癌」と言われていた私を100%認めてくれる先生が現れて、その先生が「人間はいいぞ」と言うので、(先生が言うならそう信じよう)と思いました。いや~、ドラマでした(笑)。fu-taroさんもひねくれ者の子どもたちにとってそんな先生でいてください。
多かれ少なかれ、望みがかなわないことがあるということを知ったらそういう考えに囚われてしまうものだと思います。
ボク自身、「かなわないのが当然のこと」だと思ってました。
でも、逆に「もしも望みがすべて叶ったらどうだろう?」という問いを自分に投げかけたときがあって、
そうなると、当然、その時は幸せを感じるんだけど、
その後「すべての望みがすべて何の苦労もなく現実化するとそれはそれでつまらないな」と気づきました。
あともう一つの気づきは、
「望みがかなうまでやりつづければ必ずかなう」というものです。
「雨が降るまで雨乞いを続ければ必ず雨が降る」というなぞなぞの答えからヒントをもらったんですが、
これもまさに言い得て妙だなと感じました。
望みがかなうことが幸せなんじゃなく、
目標に向かって頑張っているときが幸せな状態なんじゃなかろうか、と言う風に考えが変わってきましたね。
だから、「望みがかなわない」ことを嘆くんじゃなく、
望みがあるだけで幸せな状態なんだということなんですよね。
なんだか、だんだん禅問答のようになってきましたね。(笑)