古き昔へ遡る事670数年、建武の時代
神辺のこの地に山城が築城された。
360度見渡せる山頂に朝山景連が守護職をいただいて赴任してきた時に始まる。
浅山氏の字違い表示の歴史家もいるがここは朝山氏でとおす。
歴史が始まる。
この城は呼び名も沢山有るが(道上城、紅葉城、黄葉城、楓山城等)城主の移動も激しい。
朝山氏→山名氏→杉原氏→尼子氏→大内氏→陶氏→毛利氏
戦国時代とはいえ山陽道の要衝だから、幾たびも激しい合戦がありった事が理解できる。
その中でもある戦では2枚目の写真の山すそ、日本住血吸虫の中間宿主である宮入貝が大量に生息し、合戦で片山沼に入った戦士は片山病という足が像の足のように太くなる病気にかかった。(昭和の時代迄現実の病として残った)
その後関が原の戦で戦功のあった福島正則が廣島に入り備後も支配下に置いた。
福島もつかの間に消え、家康の従兄弟水野氏が備後を納めることになった。
そして、家康が江戸城を築いた事例と勧めで神辺から福山へ移転したのである。
ここで神辺が政治の舞台から消えたのである。
参考までに今でも福山街中の実相寺に山門が残っているという。
歴史を学んだ後は神辺城址をアー、あー、フーフーといいながら登って頂く。
ソメイヨシノ900本、山桜100本花芽が膨らみ始めている。
楽しめそうだが友は遠方なので一人の桜になるかも。
麓に下りると杉原氏の邸宅であったと言われる天別豊姫神社がある。
ここでは真冬を飛ばした春の陽気に亀がのんびり甲羅を干していた。
一緒になって遊びたいが先の仕事が待っている。
一寸一言
以前書いた「ウサギと亀とアオ鷺と」の話はここで思いついたのである。
神辺のこの地に山城が築城された。
360度見渡せる山頂に朝山景連が守護職をいただいて赴任してきた時に始まる。
浅山氏の字違い表示の歴史家もいるがここは朝山氏でとおす。
歴史が始まる。
この城は呼び名も沢山有るが(道上城、紅葉城、黄葉城、楓山城等)城主の移動も激しい。
朝山氏→山名氏→杉原氏→尼子氏→大内氏→陶氏→毛利氏
戦国時代とはいえ山陽道の要衝だから、幾たびも激しい合戦がありった事が理解できる。
その中でもある戦では2枚目の写真の山すそ、日本住血吸虫の中間宿主である宮入貝が大量に生息し、合戦で片山沼に入った戦士は片山病という足が像の足のように太くなる病気にかかった。(昭和の時代迄現実の病として残った)
その後関が原の戦で戦功のあった福島正則が廣島に入り備後も支配下に置いた。
福島もつかの間に消え、家康の従兄弟水野氏が備後を納めることになった。
そして、家康が江戸城を築いた事例と勧めで神辺から福山へ移転したのである。
ここで神辺が政治の舞台から消えたのである。
参考までに今でも福山街中の実相寺に山門が残っているという。
歴史を学んだ後は神辺城址をアー、あー、フーフーといいながら登って頂く。
ソメイヨシノ900本、山桜100本花芽が膨らみ始めている。
楽しめそうだが友は遠方なので一人の桜になるかも。
麓に下りると杉原氏の邸宅であったと言われる天別豊姫神社がある。
ここでは真冬を飛ばした春の陽気に亀がのんびり甲羅を干していた。
一緒になって遊びたいが先の仕事が待っている。
一寸一言
以前書いた「ウサギと亀とアオ鷺と」の話はここで思いついたのである。
紅さんの住まわれる目黒には、目黒寄生虫館なるものが存在します。
そこに行ったら見られるだろうなぁ。。。
神辺城も色々と歴史のあるお城ですね。
小さい城は戦乱の度に攻められ主が変った。
良く理解できました。
今の城跡は公園になっているのですか、サクラの季節になれば花見客で一杯。
カメのさんの甲羅干し、なんともノンビリしている一時ですね。
お城やお寺は何度も戦火に巻き込まれて焼失していますね。
勢力争い激しかったのですね。
亀さんが今のんびり平和を願っていることでしょう桜も見事ですね。
読みました....ハィ...
神辺城...360度 ...お見事...お気楽長州の氏でも
やはり ココに築城したでしょう...
***ハッ...ハッ...ハ...
又 遊びに 来ます.
本当に、大変だったようですね。
神辺城、いろいろな歴史があったようですね。
サクラが咲くと、素敵な山になるのでしょうね。
カメさんショット、いいものですね。
象皮病もその怨霊の祟りなどと言われたことはないのでしょうか?
神辺の地、いよいよ思うなって来ました。
カメは日本産ですか?
この頃外国産が多いようですが、、、。
こんばんは~~
あまりにも素敵なところでしばし絶句です
こんな環境に??
すばらしいですね
そして歴史の知識の深さにも驚きです
いろんな面をお持ちの自然さん・・・
ユーモア おまけ付の自然さん
グリコさん。。。みたい。
神辺の城、建武の中興、後醍醐天皇の時代からですか。典型的な山城ですな。写真で見ても急傾斜で登るのも辛そう。
又自分の足で出向かれた事もすごいですw。
今回は急な山道、奥様とお手手繫いでではなかったようですね。
日本住血吸虫、こんな所にいたんですか!
他の土地でも見つかっているんでしょうか?
和三郎さんの仰る様に近くに「日本寄生虫会館」なるものがあります。
昔一度行った事がありますが、とても気持ち悪くて見ていられません。
研究者には貴重な所だそうです。
それにしても恐ろしい病気ですね。
戦乱は何処で何時起きるか?本当に戦々恐々でしようね、千本の桜が古城を慰めているのでしょうね。
兵どもの あ~神辺城