2018/06/05
昨夜は神楽坂のla kagu(ラカグ)、レクチャースペースsokoで行われたトークショー、「取材歴25年・田村明子が語る、フィギュアスケートの取材と選手たち」に行ってきました。

ここはもともと新潮社の倉庫だった所です。内部はおしゃれな感じ。
私は2014年のソチ以後、フィギュアスケートのことを知りたくて、最初に読んだのが田村さんの御著書『銀盤の軌跡』(2014)。それから『氷上の光と影』(2007)、『氷上の美しき戦士たち』(2009)『パーフェクトプログラム』(2010)、『ジョニー・ウィアー自伝 田村明子訳』(2011 )と読みました。そして、Number webでの連載も拝見しているので、トークショーをなさると知って、ぜひ行きたいと思いました。
講演は正味1時間15分。冒頭は近況、その後は前以て受けつけた質問に答える形でした。
終了後は新刊『挑戦者たち』のサイン会でした。
田村さんは平昌五輪のときにも通訳をなさっていましたね。GPF、世界選手権などでも通訳として選手の隣に座っていらっしゃるのを見かけます。

1992年からフィギュアスケートの取材を始められたそうです。その頃のフィギュアは今のような状況ではなく、マイナーなスポーツでした。お話を伺うと、私などはこの4年でいろいろ知るようになりましたが、ソチ以前のことは知らないことも多く、まだまだひよっこだなあと感じたことでした。
お話の内容を順不同で断片的に書き留めておきます。自分の感想もところどころに。
先日のFaoi金沢に行かれたとのこと。
ミーシャは、フィギュアの経済的見返りのことについて話していた。(つまりサッカーなどに比べて、お金の取れないスポーツであること)
ハビエルは欧州選手権には出るかもしれない。
インタビューで心がけていることは、ひとつの言葉よりも全体の意図を汲み取る、通訳の時も選手の話の腰を折らない。
10代の若い選手が多いけれども、子ども扱いしない、国を代表しているのだから。敬語を使う。
質問は自分の感想をだらだら言わずに、簡潔を心がける。
選手はプロとしてそこにいるので、若くてもきちんと質問をさばくんですよ。←これ、印象的な言葉。
なお、通訳はボランティアだそうです。←このことについては、これしかおっしゃいませんでしたが、『氷上の美しき戦士たち』を読んだときに、素人らしいおかしな通訳さんのことが書いてあったので、ボランティアであっても、正確な通訳をしたい気持ちでやっていらっしゃるのではないかと思いました。
フィギュアほど人間性の出るスポーツはない。EXより、試合がおもしろいのは、そこに人間性が出るから。
書く場合は、ファン目線で書かない、ある程度距離を置く、本人、家族が読んで傷付かないように気をつける。選手にメッセージをこめて書く場合もある。
羽生選手関係では。
2014年のソチの前年から、個別のインタビューを受けつけなくなった。←これは一斉のメディア取材日を設けているってことかしら。夏にクリケットで行うあれですね。
来期から、男子フリーが30秒短くなる。しかし、体力のある人が残るだろう。ジャンプをひとつ抜いても10秒程度だから。トランジションの難しさでは、羽生選手は群を抜いている。スピンのうまさが、ジャンプのうまさを作っていると都築さんがおっしゃっていた。
まだまだ書ききれませんが、この程度にしておきます。
引退した海外の選手については、私は知らないことも多いので、田村さんが紹介してくださった印象的な試合など、you tubeで見ようと思います。
(おまけ)
神楽坂は久しぶりに行きましたが、素敵な感じのお店が増えてますねえ。昔、結婚する前の夫が神楽坂のアパートに住んでいたのです。ときどき行きましたが、もう何もかも変わった感じ。昔のアパートももう場所が特定できなかった。そばの白銀公園はそのままだったけれど。
梅花亭で甘いものを買いました。(よくある行動パターン)

麩まんじゅう、わらび餅、これからの季節のもので、さっぱりとおいしかった。
昨夜は神楽坂のla kagu(ラカグ)、レクチャースペースsokoで行われたトークショー、「取材歴25年・田村明子が語る、フィギュアスケートの取材と選手たち」に行ってきました。

ここはもともと新潮社の倉庫だった所です。内部はおしゃれな感じ。
私は2014年のソチ以後、フィギュアスケートのことを知りたくて、最初に読んだのが田村さんの御著書『銀盤の軌跡』(2014)。それから『氷上の光と影』(2007)、『氷上の美しき戦士たち』(2009)『パーフェクトプログラム』(2010)、『ジョニー・ウィアー自伝 田村明子訳』(2011 )と読みました。そして、Number webでの連載も拝見しているので、トークショーをなさると知って、ぜひ行きたいと思いました。
講演は正味1時間15分。冒頭は近況、その後は前以て受けつけた質問に答える形でした。
終了後は新刊『挑戦者たち』のサイン会でした。
田村さんは平昌五輪のときにも通訳をなさっていましたね。GPF、世界選手権などでも通訳として選手の隣に座っていらっしゃるのを見かけます。

1992年からフィギュアスケートの取材を始められたそうです。その頃のフィギュアは今のような状況ではなく、マイナーなスポーツでした。お話を伺うと、私などはこの4年でいろいろ知るようになりましたが、ソチ以前のことは知らないことも多く、まだまだひよっこだなあと感じたことでした。
お話の内容を順不同で断片的に書き留めておきます。自分の感想もところどころに。
先日のFaoi金沢に行かれたとのこと。
ミーシャは、フィギュアの経済的見返りのことについて話していた。(つまりサッカーなどに比べて、お金の取れないスポーツであること)
ハビエルは欧州選手権には出るかもしれない。
インタビューで心がけていることは、ひとつの言葉よりも全体の意図を汲み取る、通訳の時も選手の話の腰を折らない。
10代の若い選手が多いけれども、子ども扱いしない、国を代表しているのだから。敬語を使う。
質問は自分の感想をだらだら言わずに、簡潔を心がける。
選手はプロとしてそこにいるので、若くてもきちんと質問をさばくんですよ。←これ、印象的な言葉。
なお、通訳はボランティアだそうです。←このことについては、これしかおっしゃいませんでしたが、『氷上の美しき戦士たち』を読んだときに、素人らしいおかしな通訳さんのことが書いてあったので、ボランティアであっても、正確な通訳をしたい気持ちでやっていらっしゃるのではないかと思いました。
フィギュアほど人間性の出るスポーツはない。EXより、試合がおもしろいのは、そこに人間性が出るから。
書く場合は、ファン目線で書かない、ある程度距離を置く、本人、家族が読んで傷付かないように気をつける。選手にメッセージをこめて書く場合もある。
羽生選手関係では。
2014年のソチの前年から、個別のインタビューを受けつけなくなった。←これは一斉のメディア取材日を設けているってことかしら。夏にクリケットで行うあれですね。
来期から、男子フリーが30秒短くなる。しかし、体力のある人が残るだろう。ジャンプをひとつ抜いても10秒程度だから。トランジションの難しさでは、羽生選手は群を抜いている。スピンのうまさが、ジャンプのうまさを作っていると都築さんがおっしゃっていた。
まだまだ書ききれませんが、この程度にしておきます。
引退した海外の選手については、私は知らないことも多いので、田村さんが紹介してくださった印象的な試合など、you tubeで見ようと思います。
(おまけ)
神楽坂は久しぶりに行きましたが、素敵な感じのお店が増えてますねえ。昔、結婚する前の夫が神楽坂のアパートに住んでいたのです。ときどき行きましたが、もう何もかも変わった感じ。昔のアパートももう場所が特定できなかった。そばの白銀公園はそのままだったけれど。
梅花亭で甘いものを買いました。(よくある行動パターン)

麩まんじゅう、わらび餅、これからの季節のもので、さっぱりとおいしかった。