はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

山の不思議な逸話に満ちた本

2018年07月29日 | 
2018/07/29


この本は2016年に92才で亡くなった三俣山荘のオーナー・管理人だった伊藤正一さんが書いたものだ。最初の本は昭和39年に出版されている。最初は山小屋でしか買えなかった本だという。

 

三俣山荘は、北アルプス最奥部、黒部源流の稜線上、鷲羽岳、三俣蓮華岳の鞍部にある。
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昨年だったか、テレビのトレッキング番組で三俣山荘の管理人をしている伊藤圭さんという方を見て、そのお父様が本を出されていることを知った。その本は登山家、愛好者の間ではとても有名な本だという。

夏になると山に行きたいなあと思う。そんな時ふと思い出して図書館から借りてみた。

読んでみて、本当にこんなことがあったのか、こんな世界があったのかとびっくりする。
しかし、まぎれもないノンフィクションの記録。

民話、昔話の世界のようでもある。熊や兎や狸も出てくるし、夜中に不思議な物音もする。
厳しい自然の中、人間なんて判断力も鈍るし、簡単に勘違いをするし、生死の境を越えてしまうんだと思う。夜の山は灯り一つなく真っ暗で、人っ子一人おらず、怖いこともたくさんあったに違いない。

数年前に、美ヶ原で自然の中に立った時、無音という感覚を味わった。
それまでの生活では、車の音、人の話声、電子機器のモーター音など、何かしら生活音が聞こえているのが常だが、何の音もしない。その不思議さ。かえって耳がツンとするくらい静かなのである。
山小屋での夜の静けさって、あんな感じだろうかと思ったりしたのだ。


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2009年に行った美ケ原の朝霧

山荘管理の大変さ、遭難者の救助の話もとても興味深い。
私の体力では三俣蓮華岳には行けそうにないけれど、せめてロープウェイで(笑)近くまで行って、登山気分を味わいたい。

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立山ホテル




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友人が自分より良い生活をしていると知った時に

2018年07月28日 | 雑感
2018/07/28

昨日に続いてSNSの話題。
資料が一昨年のもので、やや古いのですが、状況としては今も変わっていないのではと思います。

公表した。(2017年1月)
日本で回収した1000人分の調査では、異なる傾向が見られた。SNSで嫌な気分になった理由は、「他人が自分よりも良い人生を送っていることを知った」が54%と最も多かった。「迷惑な広告」が48%、「友達が楽しい休暇の写真を投稿した」が43%と続いた。

このニュースにはいささか驚いた。
対象は若い人が多いのだろうか。
今の私、もう、そういうことないなあ。

確かに、昔は実生活(SNSでなく)で友人・知人が良い生活をしていると知った時には、ちょっとうらやましかった。

ここで、「うらやましかった」と過去形になっていることに注目してほしい。昔は確かにうらやましかった。でも、いろいろな人生経験をするうち、うらやましいと思うこともほとんどなくなった。(全くないとは言わないけれどね)
「人は人、自分は自分」がはっきりしてきた。そして楽しいことは、あんがい疲れることでもある。「人間万事塞翁が馬」である。

うらやましかったころの自分を考えると、楽しいことが少なかった。
SNSで嫉妬する人は、やはり毎日の単調さとか、満たされなさが関係していると思うし、人と自分が同レベルにいると思い込んでいるのかもしれない。人の暮らしは千差万別。

事実を投稿して、それが幸せ自慢と受け取られるとは、注意を要するが、では黙しているのが一番いいのだろうか。「場を読んで話題を選べ」なのだろうか・・・。そんなに気を使うのもなんだか悲しい。

「旅自慢」という言葉があると知った。
私は旅行好きで、ブログに書いたり、旅行サイトに旅行記を投稿したりする。実は旅行ができるようになったのは、子どもたちが大きくなってからのことで、それまで家族で旅行に行ったことは少ししかない。

ブログなどで「旅行に行ってきた」と書くことが自慢と受け止められることもあるのだそうだ。職場などでも、旅行のことを話す人を下を向いてやり過ごすというのを聞いたことがある。面と向かって話す場合は、興味のない話をされると苦痛かもしれないという意識は持ったほうがいいのかもしれない。

私は人の旅行話を聞いたり読んだりするのは大好きである。好奇心というか、新しい世界を知りたい。秘境とか、高級ホテルに泊まったりとか、ファーストクラスに乗ったという旅行記は、自分ではできない経験を教えてくれるので、憧れのまなざしで私は読むのである。普段の日常を忘れさせてくれるのである。いつか行けるかもと参考になる。

嫉妬話が旅行話にシフトしてしまったけれど、他人がどうかではなく、自分はどうしたいか、どういう自分になりたいかに視点をすえて考えると、人のことは気にならなくなるのではないか。もちろん良い点は大いに参考にすべきだとしても、自分が傷つかない心の技を身につけるべきである。

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世界は広い

2018年07月27日 | 雑感
2018/07/27

私はツィッターのアカウントを持っているのだが、全く活用していない。

アカウントを取ったのは2011年。
東日本大震災のときにツィッターが役に立ったという話を聞いてアカウントを取った。
しかし、放りっぱなしなのだ。なんだか見に行けないのである。
よくわからないのだ。

それでも、1~2年前にはツィッターをちゃんとやってみようと思ったことがあった。毎日のように誰々さんをフォローしませんかというメールが来る。しかし、この知らない人をフォローしてよいのだろうかと考えてしまうのだ。昔ふうの人間関係を考えているのだろうか。

「こんにちは、あなたをフォローさせていただいた○○と申します。今後もお見知りおきを」とご挨拶すべきだろうか。
何百人もフォローしている人は、その何百人が発信するつぶやきを、全部読むのだろうか。いいねをしたり、リツィートしたりするのだろうか。しかし、その手間も大変ではないだろうか。それとも、受け流してしまうのか。そのへんがわからない。

もう7年にもなるというのに何を発信したらいいのかもわからない。
ブログなら書きっぱなし、人が見ようが見まいが関係ない。自己満足の世界。ランキングにも参加していないし、アクセス数で一喜一憂することもない。

見たい人や検索で偶然訪れた人が、興味があれば読んでくれればいいと思っている。自分が書くこと、記録することに意味があるからだ。
もともとブログも家族や少数の知り合いに向けて書き始めたものだ。こんな自分のプライベートな生活を書いて、不特定多数の人に読んでいただこうとはおこがましく、危険ではないか。

でも、ツィッターは誰かをフォローし、フォローされている中で、自己満足の書きっぱなしってどうなのだろう?いらぬ情報でお騒がせし、人様の時間を無駄遣いさせ迷惑をかけるんじゃないかと思ってしまうのである。

もちろん、役にたつ情報がたくさんあることも充分に理解しているつもり。本来なら知りえぬ情報もツィッターで知って恩恵を受けていると感じることも多々ある。

私が、ツィッターを見たとか、ツィッターにこんなことが書いてあったというときは、どなたかのブログにツィッターが引用されているのを見たということなのである。つまりブログやLINE経由なのだ。

こんなことを書いたのは、最近、よく見るブログ等で、一人が思いつきで発信した言葉が(「思いつき」、というのは、推敲や他者の目で検閲を受けないですぐに発信できてしまうから)、瞬く間にリツィートされ、右往左往しているらしい人々がいることを知ったからだ。
言っては悪いが、海の中の小魚の大群が、1匹が右へ行くと右へ倣えとついて行って、ぐるぐるとまわっている図を思い浮かべてしまうのだ。

15年ほど前には、メールでさえも、一度送るともう取り消しができないから、一晩寝かせて次の朝に読んで大丈夫だったら送信しなさい、という言葉を信じていたほどだ。

私の年代ではSNSをやっていない人も多い。
リアルな世界で暮らしていると、SNSがなくても全然困らない。
毎日の生活をして、やるべきことをやっているとそれで日は暮れる。

SNSは視覚情報だけの世界。実は何も知らないに等しい。

SNSの世界より現実の世界のほうが、ずっと広くて、おもしろくて平和だ。


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今日は涼しい 30度

2018年07月25日 | 日々の出来事
2018/07/25

昨夜、久しぶりに雨がざっと降って、今日は涼しくなりました。

それでも朝の気温は30度。
30度でも充分涼しく感じます。40度から比べたら10度も下がっているから。

今まで夕立も降らなかったから、熱せられた街がなかなか冷えなかった。
25度以上を熱帯夜というそうですが、このあたりは夜中でも30度を下りませんでした。
翌朝まで30度を下らないのは、超熱帯夜というそうです。(他の呼び方もあり)

ふと、思ったのだけれど、熱中症予防に冷房を使うことを奨励していますが、数年前には一斉に電力を使うと足りなくなるので、使用を抑えましょうと言っていましたよね。
もう、あれはいいのかしらね。


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40度越え

2018年07月24日 | 日々の出来事
2018/07/24

昨日は熊谷で41.1度、東京都心でも39度になりました。

午後の一番暑い時間に外を歩かなくてはならず、さすがにすごい暑さ。
その時の気温は何度なのかわからなかったけれど、全身くまなく、ずっと温風ヒーターの熱風を受けている感じ。

家に帰って、ベランダの日陰に置いてある温度計を見たら40度。
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(湿度のほうが0%というのは、それもなんだかすごいね。すべて蒸発しちゃった?)
ああ、40度の感覚ってこうなんだと思ったのでした。

そして、今日は熊谷に近い場所に行っていまして、同じような温風ヒーター的熱波を感じたのでした。近くのホームセンターで温度計を買って、携帯しました。
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40度超え
どうせだったら、40度を超えてほしいと思ったの(笑)もうここまで暑かったら、インパクトのある数字が欲しかった!


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