はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

野坂昭如著『赫奕たる逆光 ―私説・三島由紀夫』

2021年11月24日 | 三島由紀夫

2021/11/24

 

1年前の今日は三島由紀夫の「ヒタメン」(岩下尚史著)のことを書いていた。

昨年は三島の死後50年で、ずいぶんメディアに三島が取りあげられたが、今はもう三島の名前も見ることが少ない。

私は昨年三島関係の本をたくさん読んでいて、読書ノートをつけていたが、そのノートを先ほど読みかえしてみたら、野坂昭如氏が書いた『赫奕たる逆光』がとても面白くて、熱心に読んだことを思い出した。

そういえば、11月25日は三島由紀夫の命日だった。

このブログには、三島由紀夫に興味を持って見に来てくれる人もいるようなので、実際の三島の姿を知っている野坂氏の筆になるものは、参考になると思う。

ノートの抜き書きを載せておきます。

 

なお、この本は図書館で借りたもので、今は手元になく、読んだときに興味を感じた部分を書き写していったのです。意味の分かりにくい部分がありますが、読み直しができないので、今はそのままにします。

本書の bookデータベースより

「焼跡で読んだ短篇に衝撃を受けて以来、深く三島を意識し、三島の激賞によって文壇にデビュー、突然の自裁まで、さまざまな形で一方的な「恩恵」を受けつづけた著者が、父祖の地、幼時体験をはじめとする三島と自分との数奇な共通項をたどりながら、十七回忌にあえて描く、三島由紀夫の禁忌!」


 野坂氏は三島をかなり意識しており、自分と三島の生い立ちの共通項を見つけることに興味を持っていたと書かれています。


・・・・・(引用)・・・・・

三島の名前を知ったのは昭和21年初冬、雑誌『人間』に掲載されていた『煙草』
飢えと虱と寒さの時代に、よくまあ悠長な小説、浮世離れしたお話が書けるものだと考えつつ、絢爛たる文字面と、小説家たるその確かな意志に圧倒された。(P.8)

25年、三越劇場の正面で三島を見受けた。ライトブルーの上下に髪はリーゼント風、第一印象はうらなり瓢箪、さらに畸型に近い印象。

東劇、演舞場で以後しばしば見かけ、特徴のある笑い方も耳にし、常に彼は何人かの中心にいた。

一人でぽつねんと、歌舞伎座の奈落、楽屋から花道の出に至る通路のわきに、まっさおな顔で突っ立っているのを見たのは、少し後のこと。ある役者がらみで、監事室の話題となっていた。
三島の歌右衛門に対する傾倒ぶりは有名だが、この時は、若手女形にふられたということで、歌舞伎の世界ではごくありふれた事件なのだろう。観客席後部の小部屋に群れた老人たちは、忍び笑いしつつしゃべり合っていた。べつに驚きもしなかったのだから、すでに三島の、倒錯について、いくらかの知識があったと思う。(P.18)

3人連れの三島がカウンターに座った。たばこをくわえ、僕がマッチの火を近づけると「ありがとう」と明瞭な発音で言った。

その頃三島は「群像」に『禁色』を連載。
『仮面の告白』をふつうに読めば三島が自らの同性愛嗜好と、抜き差しならぬ態で向き合っていることは直ちに判るはず。そして、この処女長編では、内に潜在する「異常」なものを、なんとか文字に表わすことで、納得させようとしているふう(p.22) 

編集者、知人をこだわりなく、男色の店に伴った。一種のアリバイ工作として、わざと同行するのだと邪推の向きには、「彼は行きつけのレストラン、バア、喫茶店ですら一人で入れない、何しろお坊ちゃん育ちだから」という消息通の証言が立ちはだかる。
事実、三島は単独行が苦手だった。

特に服装については悪趣味が伝えられ、少し時節おくれながらいかにもアプレ風、だが、生まれ育ちはどうやら上流らしい。世間は、貴種流離の主人公風に受け取った向きがある。(P.24)

三島は、常に虐げられる人間だった。異端者であり続け、異端者である自分を確認し、ひっかかえる混沌に形を与える作業が、ある時、小説となって表れた。

三島は、かなり精神分析の本を読んだと思う。所詮、記号は空しいと判った。他人の尺度で自分を計るにはプライドが高すぎた。あるいは、根が深すぎたのだ。

異端であることこそ、三島由紀夫なので、正統に組み込まれてしまった時の、自己喪失感たるや無間地獄という予感は、文壇的成功、世俗的人気を手にしたあたりから、はっきり意識していたろう。

どこが「仮面」か首をかしげたくなる。作者自身の言葉だが「自分の生体解剖を試み」た (p.27)

  一卵性母子と、父・梓が評したらしいが、三島の人工性と同じく、倭文重にもつくりものの、母親ぶりが濃くうかがえる。
倭文重もまた、祖母なつに劣らぬ怪物性を有する。(p.29)

ホモセクシュアリティが、一応の市民権を得て、三島の性的嗜好が公認された時、彼は筆力を失っている。(P.30)


(野坂の)『エロ事師』を誉めてもらう。
ボディビルディングの成果も、まるでうかがえぬ、虚弱そのもの、なにしろ首が細い。(p.41)
すでにその性倒錯については、公然といわれ、女役であることが伝えられていた。

三島との対談では、自分は緊張して飲みすぎて酔ってしまう。
三島は新人作家に対して親切であった。アメリカ、クノッブ社に紹介してくれて翻訳が決まった。

『仮面の告白』を読みかえし、24年という時期に、自らの性倒錯を露わとなしたその勇気はともかく、それこそ自己分析の限りをつくし、どうやら異端であるらしい自分をきちんと見据えなければ、いたたまれないその切なさが身に沁みた。(P.60)

定太郎、梓、公威と平岡家近代の3代は、憎み合った夫婦という共通項があり、更に親子の関係が異常なのだ。(P.66)

祖母なつの存在がしきりにいわれるが、ひきかえ、そのなつに憎まれ蔑まれていたという祖父定太郎についてはほとんど筆が及んでいない。

 痩せて、撫肩小柄、体つき顔の造作はほぼ梓が引きついでいるが、なつの人を見すえる眼は、落ち着いている時も、険を含むのではなく、もちろん不粋に鋭いのでもなく、見られた方が、つい身のすくむ感じの、身分の差を思い知らされるまなざしだったという。(p.109)

なつの発作には、定太郎と三島だけが、収まるまで看取った。常に三島の手からでなければ、薬を飲まない。

祖母なつは結婚前、有栖川家に奉公をしていた。
有栖川宮熾仁には男子が1人しかいない。威仁といい、定太郎より一つ年上。
威仁の青年期と、なつの行儀見習いの時期は一致する。威仁となつの間に恋が生まれても不思議はない。そしてこの二人も、正式に結ばれるには階級が違う。(中略)海軍に籍はおきながら、祖父の雅やかな血筋を受ける威仁を、この聡明にして美しい娘が愛したとして不思議はない。(p.130)

三島もなつに、さんざん昔話を聞かせられたはずだ。(中略)宮家での生活、なつは、威仁親王への恋心を、この上なく美しく物語った。

13歳違う、見た目も、挙措動作言葉づかいも全くの田舎者、取柄は帝大出のお役人に、いかにも慌ただしく嫁ぐには、それなりの理由があろう。想像をたくましくすれば、何より宮家の体面を傷つけてはならぬ。新しい男によって刻み込まれた面影も薄れようと親のはからい、なつにしても叶わぬ恋なのだ。(P.131)

父・梓の、母にまつわる回想のなかには、およそなつの若い時代のことが出てこない。昭和14年1月、なつの病が重篤となった時、大阪の営林局長だったが、度重なる電報を無視、死後ようやく帰郷し,その葬儀の金を従弟に出させている。(P.148)
 
積極的に兵役忌避。三島の体のひ弱さがことさら目立つ田舎での検査。徴兵検査日、発熱、即日帰郷。三島はまことにうれしそう、夜っぴいてはしゃいでいたという。(p.153)

総理大臣の年俸1万2千円の時代に定太郎の負債は70万円だった。
定太郎失脚後、なつの浪費癖が起こった。(p.166)

家族がつながりを持ちえたのは、定太郎、美津子、猫だろう。
ことなかれ主義、自己中心の梓に比べれば、定太郎は時にむきになってなつの非をなじる。
三島にはその情が感じられただろう。へつらう梓、おびえる倭文重、そして奴隷たちの言葉と違う人間の声として。
汚穢屋は定太郎と結びつく。定太郎に抱く憧れが顕在化し、「私が彼でありたい」

自決の6日前、7歳年上の先輩に送った手紙
「こしかたを振り返ってみると、茫々として、何の感慨もありませぬ。索漠たる味が残るだけです。14.5歳の頃が、小生の黄金時代であったと思います。」(p.213)

著者あとがき
筆を取るに当って、先賢の研究書、評伝、伝記を62冊求めた。
三島のすべては『仮面の告白』、『春の雪』、『天人五衰』に凝縮されている。
『英霊の声』以後の三島は、分裂性気質から、分裂病に踏み込んでいる印象で、以後、自刃までの4年間の生は、存在苦とでもいいたい、苛烈なものだった。

・・・・・

野坂氏は三島のホモセクシュアルをありのままに書いているのが、三島と同じ時代に生きた男性作家では珍しいと思う。同性愛は「異常性愛」として秘密にされていた時代だったから。

野坂氏は三島と交流があり、なまの姿も知っている。こういう人の書いたものは貴重なものである。三島の知られていない側面が浮かび上がってくる。

祖母なつの影響はよく語られるが、祖父定太郎と家族のかかわりはあまり語られてこなかった。
三島の複雑さには、やはり祖父、父の影響も大きかったにちがいない。

家族の中で、なつの横暴をたしなめる者は定太郎しかいなかった。その意味での、「家族をつなぐ」定太郎に憧れがあったという視点は、他に書いている人を知らない。

かなり長く引用したが、三島の二面性、内面と身体、上流を装った家庭の実相が見えて、興味が尽きなかった。








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