2022/04/24
今、NHKEテレの「100分de名著」で
ハイデガーの「存在と時間」をやっていますね。
ハイデガーの「存在と時間」をやっていますね。
ドイツの哲学者・ハイデガーの名前を
知っている人はそんなに多くないのでは、
と思うのですが、どうでしょうか。
私はわからないなりに、知りたいと思って
録画しながら見ています。
私がなぜハイデガーについて知りたいと
思ったかというと、夫と結婚するにあたって
仲人をしてくださった
夫の恩師・辻村公一先生が
ハイデガーの著書の翻訳者だったのです。
夫に訊くと、辻村先生はドイツに留学して
大学でハイデガーの講義を2年間受けて
『有と時』を訳したということです。
(ハイデガー肖像)
もっとも『有と時』という訳よりは
『存在と時間』という訳のほうが一般的のようです。
私はドイツ語は分かりませんが
「Sein und Zeit」を 『有と時』という訳すのは
辻村先生だけのようで
「100分de名著」でも『存在と時間』
という訳語を使っていますね。
このブログを書くために
辻村先生のwikiを見て、『有と時』と
訳していたことを初めて知ったのです。
私は夫と知り合った学生時代に
ハイデガーという名前を知ったのですが
あれから何十年も経っているのに
相変わらず、ほぼ理解できていません。
でも、ひとつだけ分かったことがあって
長男が生まれたときに、夫は息子の名前を
「有時(ありとき)」にしたいと言ったのです。
なぜ、有時にしたいといったのか
そのときはわかりませんでしたが
今ごろになってわかりました。
結局、親戚に似た名前の子がいて
今ごろになってわかりました。
結局、親戚に似た名前の子がいて
(ありとき)にはなりませんでしたが。
辻村先生は2010年5月28日に
お亡くなりになっています。
その1~2年前の桜の時期に京都の先生のお宅を
夫婦で訪れたことがありました。
これは多分その頃ではないかというだけで
はっきり書き残していないのです。
お宅をおいとまするときに
先生は一緒にタクシーに乗って
川端通りまでいらっしゃいました。
たぶん出町柳あたりで先生だけタクシーを
降りられたんじゃなかったかしら。
「じゃあ、ここまで」ということで。
タクシーでのうれしそうな様子や
降りてからも、手を振っている様子が
今も思い出されます。
あれがお会いした最後でしたね。
とにかく学究肌の穏やかな感じのおじいちゃん
と私には見えました。
NHKでハイデガーを取り上げていたので
いろいろ思い出しました。
いろいろ思い出しました。
こんなことを書くのも
思い出話として、息子たちに読ませたいからで
私が話さなかったら、きっと夫も話すことなく
息子たちも知らないままになったでしょう。