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【賢木】の巻 (12)
お二人のお話は尽きず、九月二十日の月がさし出でて、趣深い夕暮です。春宮の大層利口でいらっしゃることなど、続いてお話されます。源氏はこれからのご勉学のことについて申し上げた後、これから藤壺へご挨拶に伺いますと言われて退出されます。
その時、弘徴殿大后の御兄の籐大納言の御子で、頭の弁といって今は得意の絶頂の若い者が、源氏とすれ違い様に、ちょっと立ち止まって
「『白虹日を貫けり。太子怖じたり』と、いとゆるやかにうち誦したるを、大将いと眩しと聞き給へど、咎むべきことかは」
――(燕の太子丹が、秦の始皇帝を刺すため刺客を放ったとき、白い虹が月を貫いたのをみて、失敗を怖れたという故事=源氏の朱雀院に対して異心を抱いているとあてこすって)
ゆるやかにのんびりと口ずさんだのを、源氏は不愉快に聞かれましたが、咎め立てても仕方がない――
源氏は藤壺の御前にて
今まで、御前(朱雀院)におりまして、こちらへ上がるのがおそくなりました、と申し上げます。
◆直接お目にかかれる場所での挨拶ではなく、命婦をとおしてご挨拶されるのです。
隔ての向こうの藤壺の気配をほのかにお感じになり、懐かしさで胸がいっぱいになりますが、折りも折りとて、とおり一遍のご挨拶だけになったのでした。
さて、源氏はあの頭の弁の口ずさんだ『白虹日を貫けり。太子怖じたり』を思い出し、不吉で嫌なご気分になられ
「御心の鬼に、世の中わづらわしう覚え給ひて……」
――良心の呵責に、世の中をわづらわしく思われて、(朧月夜の君にご消息されないことも久しかったある初時雨どき、どうしたことか、朧月夜の君から文が参ります――
このような女方から、文が来ますが、源氏は「御心には深う染まざるべし」
――どちらにも、お心には深く染まらぬようです――
◆御八講(みはっこう)法華八講 (ほっけはっこう)
法華経八巻を四日がかりで講じる儀式。
朝夕に一巻ずつ4日間で8人の講師が読経する。
使う法華経は書の達人に写経させ、豪華に装飾する。
ではまた。
【賢木】の巻 (12)
お二人のお話は尽きず、九月二十日の月がさし出でて、趣深い夕暮です。春宮の大層利口でいらっしゃることなど、続いてお話されます。源氏はこれからのご勉学のことについて申し上げた後、これから藤壺へご挨拶に伺いますと言われて退出されます。
その時、弘徴殿大后の御兄の籐大納言の御子で、頭の弁といって今は得意の絶頂の若い者が、源氏とすれ違い様に、ちょっと立ち止まって
「『白虹日を貫けり。太子怖じたり』と、いとゆるやかにうち誦したるを、大将いと眩しと聞き給へど、咎むべきことかは」
――(燕の太子丹が、秦の始皇帝を刺すため刺客を放ったとき、白い虹が月を貫いたのをみて、失敗を怖れたという故事=源氏の朱雀院に対して異心を抱いているとあてこすって)
ゆるやかにのんびりと口ずさんだのを、源氏は不愉快に聞かれましたが、咎め立てても仕方がない――
源氏は藤壺の御前にて
今まで、御前(朱雀院)におりまして、こちらへ上がるのがおそくなりました、と申し上げます。
◆直接お目にかかれる場所での挨拶ではなく、命婦をとおしてご挨拶されるのです。
隔ての向こうの藤壺の気配をほのかにお感じになり、懐かしさで胸がいっぱいになりますが、折りも折りとて、とおり一遍のご挨拶だけになったのでした。
さて、源氏はあの頭の弁の口ずさんだ『白虹日を貫けり。太子怖じたり』を思い出し、不吉で嫌なご気分になられ
「御心の鬼に、世の中わづらわしう覚え給ひて……」
――良心の呵責に、世の中をわづらわしく思われて、(朧月夜の君にご消息されないことも久しかったある初時雨どき、どうしたことか、朧月夜の君から文が参ります――
このような女方から、文が来ますが、源氏は「御心には深う染まざるべし」
――どちらにも、お心には深く染まらぬようです――
◆御八講(みはっこう)法華八講 (ほっけはっこう)
法華経八巻を四日がかりで講じる儀式。
朝夕に一巻ずつ4日間で8人の講師が読経する。
使う法華経は書の達人に写経させ、豪華に装飾する。
ではまた。