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【須磨】の巻 その(17)
お二人のうた
源氏「ふるさとをいづれの春か行きて見むうらやましきは帰るかりがね」
――いつの春わたしはふるさとに帰れるでしょう。今北に帰る雁がうらやましいことです――
宰相「あかなくにかりの常世を立ち別れ花のみやこに道やまどはむ」
――仮の常世としていつまでもここに居たいのですが、心ならずも立ち別れたなら、花の都への道も迷うことでしょう――
宰相からは京の土産として整えて出された物は、優れた名笛で
「形見に忍び給へ」
――形見として思い出してください――
源氏からは、黒駒を差し上げます
「ゆゆしう思されぬべきれど、風にあたりては、いばえぬべければなむ」
――日陰の身からの贈り物は縁起でもないと思われるでしょうが、ふるさとの風が吹けば、馬もいななくでしょうから――
と、人がとがめ立てなさるほどの品は取り交わされませんでした。
日がようよう昇ってきましたので、あわただしくお見送りなさいます。源氏はいつ京へお帰りになれるともわからぬ身を思い、悲しくてぼんやり眺め暮らしておいでです。
三月はじめの巳の日に
「今日なむ、かく思すことある人は、御禊し給ふべき」
――今日こそ、このように御心労の多い方は、御祓いをなさるのが良いのです――
と、物知りに言う人がいますので、源氏は海辺の様子もご覧になりたいと、お出かけになります。ざっと軟障(ぜじょう)の幕をめぐらせて、陰陽師を召して、御祓いをおさせになっています。船にたくさんの人形(ひとがた)を乗せて流すのごらんになって、ご自分も流され人なので、その人形に譬えられてのうた
「知らざりし大海の原に流れ来てひとかたにやはものは悲しき」
――今まで知らなかった大海原に人形のように流れて来て、ひとかたならぬ悲しい思いをするとは――
「(人形(ひとかた)に一方(ひとかた)をかけた)
海の面はうらうらと凪いで、はてしなく見えます。
◆人形(ひとがた)=なで物または、形代(かたしろ)とも言う。陰陽師が祓いや、祈祷の時に用いる。紙などを人の形に切り、それで身を撫で、災いを移して水に流す。
ではまた。
【須磨】の巻 その(17)
お二人のうた
源氏「ふるさとをいづれの春か行きて見むうらやましきは帰るかりがね」
――いつの春わたしはふるさとに帰れるでしょう。今北に帰る雁がうらやましいことです――
宰相「あかなくにかりの常世を立ち別れ花のみやこに道やまどはむ」
――仮の常世としていつまでもここに居たいのですが、心ならずも立ち別れたなら、花の都への道も迷うことでしょう――
宰相からは京の土産として整えて出された物は、優れた名笛で
「形見に忍び給へ」
――形見として思い出してください――
源氏からは、黒駒を差し上げます
「ゆゆしう思されぬべきれど、風にあたりては、いばえぬべければなむ」
――日陰の身からの贈り物は縁起でもないと思われるでしょうが、ふるさとの風が吹けば、馬もいななくでしょうから――
と、人がとがめ立てなさるほどの品は取り交わされませんでした。
日がようよう昇ってきましたので、あわただしくお見送りなさいます。源氏はいつ京へお帰りになれるともわからぬ身を思い、悲しくてぼんやり眺め暮らしておいでです。
三月はじめの巳の日に
「今日なむ、かく思すことある人は、御禊し給ふべき」
――今日こそ、このように御心労の多い方は、御祓いをなさるのが良いのです――
と、物知りに言う人がいますので、源氏は海辺の様子もご覧になりたいと、お出かけになります。ざっと軟障(ぜじょう)の幕をめぐらせて、陰陽師を召して、御祓いをおさせになっています。船にたくさんの人形(ひとがた)を乗せて流すのごらんになって、ご自分も流され人なので、その人形に譬えられてのうた
「知らざりし大海の原に流れ来てひとかたにやはものは悲しき」
――今まで知らなかった大海原に人形のように流れて来て、ひとかたならぬ悲しい思いをするとは――
「(人形(ひとかた)に一方(ひとかた)をかけた)
海の面はうらうらと凪いで、はてしなく見えます。
◆人形(ひとがた)=なで物または、形代(かたしろ)とも言う。陰陽師が祓いや、祈祷の時に用いる。紙などを人の形に切り、それで身を撫で、災いを移して水に流す。
ではまた。