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【須磨】の巻 その(18)
源氏はつづけてのうたに
「八百よろず神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ」
――八百よろずの神もすべて私をあわれんでくださるでしょう。これといって犯した罪もないのですから――
すると、急に風が吹き荒れて、空が真っ暗になりました。御祓いも途中のままに、人々が大騒ぎになりました。
「肘笠雨(ひじがさあめ)とか降りきて、いとあはただしければ、……さる心もなきに、よろず吹き散らし、またなき風なり。人々の足を空なり。海の面は衾(ふすま)を張りたらむやうに光満ちて雷鳴りひらめく。……かくて世は尽きぬるにやと、心細くおもいひ惑ふに、……」
――にわか雨とかが降ってきて、慌ただしく大騒ぎして笠を取るひまもありません。全くその様な気配もなかったのにと、人々は足を空へと慌てふためいて走ります。海面はきらきらと光って雷が鳴り響いて、今にも落雷しそうです。まるで世の終わりかと心細くおりますのに、源氏はのどやかに読経して居られます――
夕方になりまして、雷も少し鳴りやみ、明け方になってやっと皆が少しまどろみました。源氏もうとうとされますと、
なにものか「など、宮より召しあるには参り給はぬ」
――何者かが、どうして宮からのお召しに参らないのか――
という、源氏を探し歩いている夢を見ました。源氏は驚かれて、
「さは海の中の竜王の、いといたうものめでするもににて、見入れたるなりけり、と思すに、いとものむつかしう。この住居堪え難く思しなりぬ」
――さては海中の竜王が、美しいものをひどく好むものなので、私に見入ったのだな、とお思いになりますと、気味が悪くて、この須磨の住いも堪えがたいものに思われるのでした――
◆肘笠雨(ひじがさあめ)=にわか雨、笠をかぶる暇もなく、肘を頭上にかざして袖を笠の代わりにするからいう。
◆須磨の巻 終わり。
源氏の失意の期間にお付き合いくださって有り難うございました。現代語訳で読まれる方も、この辺で飽きて投げ出すことが多いと聞きます。
次回から「明石の巻」、源氏の悶々が続きますが、作者の地方描写も捨てがたいものがありますし、帰京後の紫の上との関係にも大切な下地になりますので、これからもどうぞお付き合いください。
ではまた。
【須磨】の巻 その(18)
源氏はつづけてのうたに
「八百よろず神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ」
――八百よろずの神もすべて私をあわれんでくださるでしょう。これといって犯した罪もないのですから――
すると、急に風が吹き荒れて、空が真っ暗になりました。御祓いも途中のままに、人々が大騒ぎになりました。
「肘笠雨(ひじがさあめ)とか降りきて、いとあはただしければ、……さる心もなきに、よろず吹き散らし、またなき風なり。人々の足を空なり。海の面は衾(ふすま)を張りたらむやうに光満ちて雷鳴りひらめく。……かくて世は尽きぬるにやと、心細くおもいひ惑ふに、……」
――にわか雨とかが降ってきて、慌ただしく大騒ぎして笠を取るひまもありません。全くその様な気配もなかったのにと、人々は足を空へと慌てふためいて走ります。海面はきらきらと光って雷が鳴り響いて、今にも落雷しそうです。まるで世の終わりかと心細くおりますのに、源氏はのどやかに読経して居られます――
夕方になりまして、雷も少し鳴りやみ、明け方になってやっと皆が少しまどろみました。源氏もうとうとされますと、
なにものか「など、宮より召しあるには参り給はぬ」
――何者かが、どうして宮からのお召しに参らないのか――
という、源氏を探し歩いている夢を見ました。源氏は驚かれて、
「さは海の中の竜王の、いといたうものめでするもににて、見入れたるなりけり、と思すに、いとものむつかしう。この住居堪え難く思しなりぬ」
――さては海中の竜王が、美しいものをひどく好むものなので、私に見入ったのだな、とお思いになりますと、気味が悪くて、この須磨の住いも堪えがたいものに思われるのでした――
◆肘笠雨(ひじがさあめ)=にわか雨、笠をかぶる暇もなく、肘を頭上にかざして袖を笠の代わりにするからいう。
◆須磨の巻 終わり。
源氏の失意の期間にお付き合いくださって有り難うございました。現代語訳で読まれる方も、この辺で飽きて投げ出すことが多いと聞きます。
次回から「明石の巻」、源氏の悶々が続きますが、作者の地方描写も捨てがたいものがありますし、帰京後の紫の上との関係にも大切な下地になりますので、これからもどうぞお付き合いください。
ではまた。