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【賢木】の巻 (14)
源氏は二条院に帰られて、ご自分のお部屋に籠もっておいでです。春宮の第一のご後見人である中宮が出家され、その上ご自分が出家などして、春宮をお見捨てしては……と思い悩むことがつきません。藤壺と一緒に王命婦も出家されました。
藤壺は尼となられてかえって源氏に対しての遠慮も薄らいで、お話かけになることもあります。
源氏は尼になられた藤壺に、以前と同じ思いを持っておられることは、とんでもないことなのに。
年が代って、内裏では正月の行事が華やかに行われます。
正月七日の白馬節会(あおうまのせちえ)
〃 十四日、男踏歌(おとことうか)
〃 十五日、女踏歌(おんなとうか)
〃 二十一日、内宴(ないえん) 仁寿殿で文人を召して詩会が行われ、後に賜宴がある。
〃 二十一日、白馬を内裏に引き、式が終わると中宮職へも進覧する。
「白馬ばかりぞ、なほひきかへぬものにて女房などの見ける。所狭う参りつどひ給ひし上達部など、道をよぎつつひき過ぎて、むかひの大殿につどひ給ふを、……」
――白馬のときでしたよ、やはり昔のままに相変わらず引いてきましたのを、女房たちは見物しました。大勢の人々が上達部もご一緒にお出ででしたが、三條の藤壺の尼邸の道は避けて、向かいにある右大臣邸にお集まりでした。(世間とはこうしたものだと心に染みておりますときに、千人にも匹敵しそうなご様子で源氏が参られましたのを見ると、女房たちはわけもなく涙ぐまれるのでした)――
源氏は、昔とすっかり変わった御仏本位の尼君のお住まいに、まず、涙ぐまれます。
春の除目になって、藤壺尼君には何のご沙汰もございません。当然加階すべき経歴の点からも、宮の御賜りにても一切なく、嘆きの多いことです。
藤壺中宮は、出家を口実に御俸禄を取り上げられたりする筈のものではないのにと、なにもかも諦められた世の中ながら、憤りに堪えない折りもございますが、
「わが身をなきになしても春宮の御代をたひらかにおはしまさばとのみ思しつつ、御行ひたゆみなく勤めさせ給ふ」
――ご自分はどうであっても、春宮の御代が平穏でいらっしゃればとだけ念じて、お勤めを熱心になさいます――
世間では、人知れず春宮のご出生を心ひそかに疑い恐れ申されることもあり、源氏も同様に仕方のないことにおもわれます。源氏に奉仕する人々にも辛いことが多く、
「世の中はしたなく思されて籠もりおはす」
――源氏は世の中が不愉快で籠もっておいでです――
左大臣邸でも、同様にご沙汰がなく、みながひどく滅入っておいでです。
◆宮の御たまわり=年爵といって、名義上の地方官に相当する俸禄を、上皇、春宮、三宮(太皇太后・皇太后・皇后)等に給し、それをそれぞれの宮から奉仕の人々に賜う制。
ではまた。
【賢木】の巻 (14)
源氏は二条院に帰られて、ご自分のお部屋に籠もっておいでです。春宮の第一のご後見人である中宮が出家され、その上ご自分が出家などして、春宮をお見捨てしては……と思い悩むことがつきません。藤壺と一緒に王命婦も出家されました。
藤壺は尼となられてかえって源氏に対しての遠慮も薄らいで、お話かけになることもあります。
源氏は尼になられた藤壺に、以前と同じ思いを持っておられることは、とんでもないことなのに。
年が代って、内裏では正月の行事が華やかに行われます。
正月七日の白馬節会(あおうまのせちえ)
〃 十四日、男踏歌(おとことうか)
〃 十五日、女踏歌(おんなとうか)
〃 二十一日、内宴(ないえん) 仁寿殿で文人を召して詩会が行われ、後に賜宴がある。
〃 二十一日、白馬を内裏に引き、式が終わると中宮職へも進覧する。
「白馬ばかりぞ、なほひきかへぬものにて女房などの見ける。所狭う参りつどひ給ひし上達部など、道をよぎつつひき過ぎて、むかひの大殿につどひ給ふを、……」
――白馬のときでしたよ、やはり昔のままに相変わらず引いてきましたのを、女房たちは見物しました。大勢の人々が上達部もご一緒にお出ででしたが、三條の藤壺の尼邸の道は避けて、向かいにある右大臣邸にお集まりでした。(世間とはこうしたものだと心に染みておりますときに、千人にも匹敵しそうなご様子で源氏が参られましたのを見ると、女房たちはわけもなく涙ぐまれるのでした)――
源氏は、昔とすっかり変わった御仏本位の尼君のお住まいに、まず、涙ぐまれます。
春の除目になって、藤壺尼君には何のご沙汰もございません。当然加階すべき経歴の点からも、宮の御賜りにても一切なく、嘆きの多いことです。
藤壺中宮は、出家を口実に御俸禄を取り上げられたりする筈のものではないのにと、なにもかも諦められた世の中ながら、憤りに堪えない折りもございますが、
「わが身をなきになしても春宮の御代をたひらかにおはしまさばとのみ思しつつ、御行ひたゆみなく勤めさせ給ふ」
――ご自分はどうであっても、春宮の御代が平穏でいらっしゃればとだけ念じて、お勤めを熱心になさいます――
世間では、人知れず春宮のご出生を心ひそかに疑い恐れ申されることもあり、源氏も同様に仕方のないことにおもわれます。源氏に奉仕する人々にも辛いことが多く、
「世の中はしたなく思されて籠もりおはす」
――源氏は世の中が不愉快で籠もっておいでです――
左大臣邸でも、同様にご沙汰がなく、みながひどく滅入っておいでです。
◆宮の御たまわり=年爵といって、名義上の地方官に相当する俸禄を、上皇、春宮、三宮(太皇太后・皇太后・皇后)等に給し、それをそれぞれの宮から奉仕の人々に賜う制。
ではまた。