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【明石】の巻 その(2)
源氏は、何の罪があってこのような海辺で、まさかの命を失うことがあろうことかと、思われますが、みなの恐れるさまをご覧になり、幣帛(みてぐら)を捧げてお祈りします。
「住吉の神近き境をしずめ守り給ふ。まことにあとを垂れ給ふ神ならば助け給へ……」
――この辺りの海を鎮め給ふ住吉の神に祈り奉る。真実この土地に鎮座されて守護されます神ならば、どうぞお助けください。――と多くの大願をお立てになります。
供びとらは、自分の命が惜しいのはもちろんですが、高貴なご身分の源氏の君が、前例のない亡くなり方でもなさったらと、悲しみの中でも心を奮い起こして、少しでも正気のあるものは、大声を上げてそれぞれが住吉明神の方角に向って願を立て、一斉に神仏をお祈りしています。
その祈りの言葉は、
この君は、宮中深くお育ちになり、いろいろな歓楽に奢りなさったとは申せ、深い御仁慈は、国中に広くゆきわたり、悲運の者たちをお救いになりました。今、何の報いでひどく横暴な波風におぼれなさることがあるのでしょうか。天地の神よ、ご判断下さい。罪も無いのに罪に当てられ、官位を剥奪され、家を離れ、都を追われて、明け暮れ安んじる所とて無く嘆いております上に、ここでお命が尽きようとは、前世の報復かこの世の罪か、神仏がまことにいらっしゃるなら、この悲しみをどうぞお救いください。
が、
「いよいよ鳴り轟きて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。炎燃えあがりて廊は焼けぬ。こころ魂なくて、ある限り惑ふ」
――だがしかし、いよいよ雷が鳴り響き、源氏のお居間に続く廊に落ちかかりました。たちまち炎が上がって廊は焼けてしまいました。みな肝をつぶして途方にくれます――
とりあえず、身分の上も下もなく一所の雑舎に入り込んで、ひどく騒がしく、大声に泣き叫ぶ声は、雷にも劣らない有様です。空は墨を摺ったように真っ黒のままに日が暮れました。
雨風がようやく収って、源氏を寝殿にお連れしようと思いますが、建物の焼け残りや、お屋敷はあちこち踏み荒らして、御簾なども吹き散っている有様でございます。
ではまた。