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【朝顔】の巻】 その(3)
源氏はそのよそよそしさに、
「今更に若々しき心地する御簾の前かな。神さびにける年月の労かぞへられ侍るに、今は内外もゆるさせ給ひてむ、とぞ頼み侍りける。」
――今更御簾の外とは、いつまでも若者あつかいをされる気がしますね。長い年月、あなたに尽くした苦労も数々あるのですから、今は御簾の内外の自由もお許しくださるものと、当てにしておりました。――
朝顔の君は、仰せの苦労のことなどは、ゆっくり考えてから、申し上げるべきことと存じます。とお答えになりますと、源氏は
「今は何のいさめにか、かこたせ給はむとすらむ。なべて世に煩わしき事さへ侍りし後、さまざまに思う給へ集めしかな。いかで片端をだに、とあながちに聞え給ふ。」
――斎院を下りられた今は、何の禁制によってわたしを遠ざけるのでしょう。あのやっかいな流謫事件まで生じて以来、さまざまな思いを味わって参りました。その一端なりとも申し上げたいのです。と一方的におっしゃいます。――
朝顔の君のうた
「なべて世のあはればかりをとふからに誓ひしことと神やいさめむ」
――一通りのお付き合いを申すだけでも、矢張り今でも、神のお咎めを受けるでしょう――
源氏は、「これはまたお情けない。恋はすまいと神に誓っても、神は果たしてお聞き届け下さった例があったでしょうか」などと、伊勢物語の歌にかこつけて冗談めいておっしゃるのも、姫宮は真面目にお聞きになりますので、気分がお悪いのでした。
もともと世慣れたさまには染まらない姫宮の御気質は、歳月を経るにつれて、一層深くなって、内に引き入ってお返事もなさらないので、お側のものたちも困っております。
源氏は、
「すきずきしきやうになりぬるを、など、あさはかならず、うち嘆きて立ち給ふ。」
――色めいたお話になりまして…と深くため息をおつきになって、お立ちになります。――
ではまた。
【朝顔】の巻】 その(3)
源氏はそのよそよそしさに、
「今更に若々しき心地する御簾の前かな。神さびにける年月の労かぞへられ侍るに、今は内外もゆるさせ給ひてむ、とぞ頼み侍りける。」
――今更御簾の外とは、いつまでも若者あつかいをされる気がしますね。長い年月、あなたに尽くした苦労も数々あるのですから、今は御簾の内外の自由もお許しくださるものと、当てにしておりました。――
朝顔の君は、仰せの苦労のことなどは、ゆっくり考えてから、申し上げるべきことと存じます。とお答えになりますと、源氏は
「今は何のいさめにか、かこたせ給はむとすらむ。なべて世に煩わしき事さへ侍りし後、さまざまに思う給へ集めしかな。いかで片端をだに、とあながちに聞え給ふ。」
――斎院を下りられた今は、何の禁制によってわたしを遠ざけるのでしょう。あのやっかいな流謫事件まで生じて以来、さまざまな思いを味わって参りました。その一端なりとも申し上げたいのです。と一方的におっしゃいます。――
朝顔の君のうた
「なべて世のあはればかりをとふからに誓ひしことと神やいさめむ」
――一通りのお付き合いを申すだけでも、矢張り今でも、神のお咎めを受けるでしょう――
源氏は、「これはまたお情けない。恋はすまいと神に誓っても、神は果たしてお聞き届け下さった例があったでしょうか」などと、伊勢物語の歌にかこつけて冗談めいておっしゃるのも、姫宮は真面目にお聞きになりますので、気分がお悪いのでした。
もともと世慣れたさまには染まらない姫宮の御気質は、歳月を経るにつれて、一層深くなって、内に引き入ってお返事もなさらないので、お側のものたちも困っております。
源氏は、
「すきずきしきやうになりぬるを、など、あさはかならず、うち嘆きて立ち給ふ。」
――色めいたお話になりまして…と深くため息をおつきになって、お立ちになります。――
ではまた。