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【乙女】の巻】 その(2)
さて、話は変わって、
故葵の上がお産みになった、源氏の御子、夕霧はそろそろ御元服のころとて、大したご準備の有様でいらっしゃいます。あのまま大宮(葵の上の御母上)の元で、だいじにかしずかれて、今年12歳になられました。
元服後、源氏は、
「四位になしてむと思し、世人も、さぞあらむと思へるを、まだいときびはなる程を、わが心に任せたる世にて、然ゆくりなからむも、なかなか目馴れたる事なりと思しとどめつ。浅黄にて殿上にかへり給うを、大宮は飽かずあさましき事と思したるぞ、理にいとほしかりける。」
――源氏は夕霧を親王の子息に准じて、従四位下(じゅう四位げ)に奏請いたそうと思われ、また世間も大方そのようになられると思っていましたが、まだ幼少であり、源氏の意のままになる世の中とはいえ、そう唐突ななさり方はかえって味気ないとお思いになって、源氏はおやめになりました。浅黄色(六位の袍の色、昇殿を許された中で最も下位の身分)で、昇殿することになりますのを、大宮は大層ご不満で、あんまりななされ方だと思われるのも、もっともなことでした。――
このことを大宮が源氏に申し上げますと、
「(……)自らは九重の内に生ひ出で侍りて、世の中の有様も知り侍らず、夜昼御前に侍らひて、わづかになむはかなき書なども習ひ侍りし。」
――(小さい時分から、大人っぽくさせたくないのには訳がありましてね。大学に進めようと思うのです。あと二、三年は棒に振るつもりになって、自然に朝廷のお役に立つほどに成人しましたならば、やがて一人前になりますでしょう。)私自身は、宮中で生まれ育ちましたので、世間のことはよく存じませず、夜昼なく帝のお側に居りまして、漢籍なども少しは学びはしましたが。――
続けて、
「(……)高き家の子として、官かうぶり心にかなひ、世の中盛りにおごりならひぬれば、学問などに身を苦しめむことは、いと遠くなむ覚ゆべかめる。」
――(ただ、畏れ多くも直接父帝の御手からお教え頂いてさえ、世間を広く見ませんうちは、学問も音楽も不十分で至らぬ点が多うございました。)身分の高い家に生まれた子は、官職や位階も思いのままに得られ、世の栄誉に奢る癖ができますと、学問などに心身を労そうなどとは、思わなくなりがちなのです。――
「たはぶれあそびを好みて、心のままなる官爵に上りぬれば、時に従ふ世人の、下には鼻まじろきをしつつ、追従し、けしきとりつつ従う程は、自ら人と覚えて、やむごとなきやうなれど、」
――遊芸にばかり身を入れて、思いのままの官職につき、位も昇りますと、時の勢いに靡く世人は、蔭ではせせら笑いながらもお世辞を言い、機嫌を取って付き従うものです。そんな輩に取り巻かれているうちは、一角の人物に見られてはいるでしょうが…。――
ではまた。
【乙女】の巻】 その(2)
さて、話は変わって、
故葵の上がお産みになった、源氏の御子、夕霧はそろそろ御元服のころとて、大したご準備の有様でいらっしゃいます。あのまま大宮(葵の上の御母上)の元で、だいじにかしずかれて、今年12歳になられました。
元服後、源氏は、
「四位になしてむと思し、世人も、さぞあらむと思へるを、まだいときびはなる程を、わが心に任せたる世にて、然ゆくりなからむも、なかなか目馴れたる事なりと思しとどめつ。浅黄にて殿上にかへり給うを、大宮は飽かずあさましき事と思したるぞ、理にいとほしかりける。」
――源氏は夕霧を親王の子息に准じて、従四位下(じゅう四位げ)に奏請いたそうと思われ、また世間も大方そのようになられると思っていましたが、まだ幼少であり、源氏の意のままになる世の中とはいえ、そう唐突ななさり方はかえって味気ないとお思いになって、源氏はおやめになりました。浅黄色(六位の袍の色、昇殿を許された中で最も下位の身分)で、昇殿することになりますのを、大宮は大層ご不満で、あんまりななされ方だと思われるのも、もっともなことでした。――
このことを大宮が源氏に申し上げますと、
「(……)自らは九重の内に生ひ出で侍りて、世の中の有様も知り侍らず、夜昼御前に侍らひて、わづかになむはかなき書なども習ひ侍りし。」
――(小さい時分から、大人っぽくさせたくないのには訳がありましてね。大学に進めようと思うのです。あと二、三年は棒に振るつもりになって、自然に朝廷のお役に立つほどに成人しましたならば、やがて一人前になりますでしょう。)私自身は、宮中で生まれ育ちましたので、世間のことはよく存じませず、夜昼なく帝のお側に居りまして、漢籍なども少しは学びはしましたが。――
続けて、
「(……)高き家の子として、官かうぶり心にかなひ、世の中盛りにおごりならひぬれば、学問などに身を苦しめむことは、いと遠くなむ覚ゆべかめる。」
――(ただ、畏れ多くも直接父帝の御手からお教え頂いてさえ、世間を広く見ませんうちは、学問も音楽も不十分で至らぬ点が多うございました。)身分の高い家に生まれた子は、官職や位階も思いのままに得られ、世の栄誉に奢る癖ができますと、学問などに心身を労そうなどとは、思わなくなりがちなのです。――
「たはぶれあそびを好みて、心のままなる官爵に上りぬれば、時に従ふ世人の、下には鼻まじろきをしつつ、追従し、けしきとりつつ従う程は、自ら人と覚えて、やむごとなきやうなれど、」
――遊芸にばかり身を入れて、思いのままの官職につき、位も昇りますと、時の勢いに靡く世人は、蔭ではせせら笑いながらもお世辞を言い、機嫌を取って付き従うものです。そんな輩に取り巻かれているうちは、一角の人物に見られてはいるでしょうが…。――
ではまた。