10/22 198回
【乙女(おとめ)】の巻】 その(8)
「所所の大饗どもも果てて、世の中の御いそぎもなく、のどやかになりぬる頃、時雨うちして、荻の上風もただならぬ夕暮れに、大宮の御方に、内の大臣参り給ひて、」
――さて、源氏と内大臣の昇進で、それぞれが催されましたご披露宴なども終わって、特に公式の行事もなく、のどかになった頃に、時雨が降り、荻の葉に吹く風の身にしみる夕暮れ時に、大宮の邸に内大臣がおいでになって――
そこに、雲居の雁をお呼びになって、お琴などを弾かせます。大宮は何の技にも優れていらっしゃり、雲居の雁にもお琴を教えておられました。
内大臣は、
「琵琶こそ、女のしたるに憎きやうなれど、らうらうじきものに侍れ。(……)。」
――琵琶というものは、女が弾くのは見た目の形が良くないものですが、音色はまことに奥ゆかしい。(今の世で優れている人は、なにがしの親王、某の源氏……、女では、太政大臣(源氏)が山里に囲っておいでの、明石のなんとかという人が、上手と聞いております。あの大臣が時々お話しになります。本来は合奏してこそ上達するものですが、一人で習って上手くなった例は余りききませんね。)――
内大臣は、大宮に琵琶を弾くようにせがまれます。大宮は、
「柱さすことうひうひしくなりにけりや」
――琵琶の柱(じゅう)を押す手も、初心者のようになってしまいました。――
と、おっしゃりながらも、なかなかお上手です。
大宮は、琵琶の手を休めて話をされますには、
「幸いにうち添へて、なほあやしう、めでたかりける人なりや。老の世に持給へらぬ女子をまうけさせ奉りて、身に添へてもやつし居たらず、やむごとなきにゆづれる心掟、事もなかるべき人なりとぞ、聞き侍る。」
――明石の御方は幸運なだけでなく、不思議によくできたお方のようですね。源氏の君が後年まで持たれなかった女の子を産んでさしあげて、しかもその姫君を手元に置き続けては世間から見下されるでありましょうと、歴とした紫の上に差し上げた決心なども、申し分のない人柄であると聞いております。――
内大臣は、
「女はただ心ばせよりこそ、世に用ゐらるるものに侍りけれ」
――女というものは気立て次第で出世するものですね――
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(8)
「所所の大饗どもも果てて、世の中の御いそぎもなく、のどやかになりぬる頃、時雨うちして、荻の上風もただならぬ夕暮れに、大宮の御方に、内の大臣参り給ひて、」
――さて、源氏と内大臣の昇進で、それぞれが催されましたご披露宴なども終わって、特に公式の行事もなく、のどかになった頃に、時雨が降り、荻の葉に吹く風の身にしみる夕暮れ時に、大宮の邸に内大臣がおいでになって――
そこに、雲居の雁をお呼びになって、お琴などを弾かせます。大宮は何の技にも優れていらっしゃり、雲居の雁にもお琴を教えておられました。
内大臣は、
「琵琶こそ、女のしたるに憎きやうなれど、らうらうじきものに侍れ。(……)。」
――琵琶というものは、女が弾くのは見た目の形が良くないものですが、音色はまことに奥ゆかしい。(今の世で優れている人は、なにがしの親王、某の源氏……、女では、太政大臣(源氏)が山里に囲っておいでの、明石のなんとかという人が、上手と聞いております。あの大臣が時々お話しになります。本来は合奏してこそ上達するものですが、一人で習って上手くなった例は余りききませんね。)――
内大臣は、大宮に琵琶を弾くようにせがまれます。大宮は、
「柱さすことうひうひしくなりにけりや」
――琵琶の柱(じゅう)を押す手も、初心者のようになってしまいました。――
と、おっしゃりながらも、なかなかお上手です。
大宮は、琵琶の手を休めて話をされますには、
「幸いにうち添へて、なほあやしう、めでたかりける人なりや。老の世に持給へらぬ女子をまうけさせ奉りて、身に添へてもやつし居たらず、やむごとなきにゆづれる心掟、事もなかるべき人なりとぞ、聞き侍る。」
――明石の御方は幸運なだけでなく、不思議によくできたお方のようですね。源氏の君が後年まで持たれなかった女の子を産んでさしあげて、しかもその姫君を手元に置き続けては世間から見下されるでありましょうと、歴とした紫の上に差し上げた決心なども、申し分のない人柄であると聞いております。――
内大臣は、
「女はただ心ばせよりこそ、世に用ゐらるるものに侍りけれ」
――女というものは気立て次第で出世するものですね――
ではまた。