10/26 202回
【乙女(おとめ)】の巻】 その(12)
内大臣が雲井の雁のお部屋を覗かれますと、まことに無邪気で愛らしいご様子なので、胸のふさがる思いがなさいます。また乳母たちにもお小言しきりで、ご返事のしようもありませんが、でも乳母や女房も口々に、
「かやうの事は、限りなき帝の御いつき女も、自らあやまつ例、昔物語にもあめれど、気色を知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ。…」
「これは、明け暮れ立ち交じり給ひて年頃おはしましつるを、何かはいはけなき御程を、宮の御もてなしさし過ぐしても隔て聞こえさせむ」
「世づきたる人もおはあすべかめるを、夢に乱れたる所おはしまさざめれば、更に思ひよらざりけること」
――このようなことは、尊い帝の大切になさっていらっしゃる姫宮でも、いつの間にか間違いの起る例は、昔物語にもあるようですが、それは、事情を知っている侍女たちが人目を忍んでお合わせになるからでございましょう――
――なにしろこのお二人は、長い年月をお過ごしになったのですから、まだお小さいのに、どうして大宮のお取扱いを差し置いて、私どもがお隔てできましょうかー―
――ませた妙なことをなさる方もいらっしゃるようですが、あの若君に限っては、ゆめにも不真面目なところなど、あおりになりませんので、思いもよらぬことでした――
内大臣は、このことは人に漏らすな。すぐ姫を私の邸に引き取ろう。それにしても大宮のなさりようはひどい。と散々恨み言を仰る。女房達はお二人をお可哀そうだと思いながらも、自分たちの責めの免れたことをうれしく思い、「ただの臣下(源氏も臣下となっていて、その子夕霧も身分は臣下)とのご縁組みを、あちらのお父上様(按察使大納言)もお喜びになる筈はございませんでしょう」などと申し上げます。
雲井の雁は、まことに幼げなご様子で、内大臣があれこれと言ってお聞かせになりますが、少しも通じないようです。内大臣も、ついほろりとなさって、どうしたら雲井の雁が、身を過たずにお過ごしになれるかと、そっと、しかるべき乳母たちとご相談されては、ただただ大宮ばかりを恨めしがっております。
◆写真:雲井の雁 風俗博物館
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(12)
内大臣が雲井の雁のお部屋を覗かれますと、まことに無邪気で愛らしいご様子なので、胸のふさがる思いがなさいます。また乳母たちにもお小言しきりで、ご返事のしようもありませんが、でも乳母や女房も口々に、
「かやうの事は、限りなき帝の御いつき女も、自らあやまつ例、昔物語にもあめれど、気色を知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ。…」
「これは、明け暮れ立ち交じり給ひて年頃おはしましつるを、何かはいはけなき御程を、宮の御もてなしさし過ぐしても隔て聞こえさせむ」
「世づきたる人もおはあすべかめるを、夢に乱れたる所おはしまさざめれば、更に思ひよらざりけること」
――このようなことは、尊い帝の大切になさっていらっしゃる姫宮でも、いつの間にか間違いの起る例は、昔物語にもあるようですが、それは、事情を知っている侍女たちが人目を忍んでお合わせになるからでございましょう――
――なにしろこのお二人は、長い年月をお過ごしになったのですから、まだお小さいのに、どうして大宮のお取扱いを差し置いて、私どもがお隔てできましょうかー―
――ませた妙なことをなさる方もいらっしゃるようですが、あの若君に限っては、ゆめにも不真面目なところなど、あおりになりませんので、思いもよらぬことでした――
内大臣は、このことは人に漏らすな。すぐ姫を私の邸に引き取ろう。それにしても大宮のなさりようはひどい。と散々恨み言を仰る。女房達はお二人をお可哀そうだと思いながらも、自分たちの責めの免れたことをうれしく思い、「ただの臣下(源氏も臣下となっていて、その子夕霧も身分は臣下)とのご縁組みを、あちらのお父上様(按察使大納言)もお喜びになる筈はございませんでしょう」などと申し上げます。
雲井の雁は、まことに幼げなご様子で、内大臣があれこれと言ってお聞かせになりますが、少しも通じないようです。内大臣も、ついほろりとなさって、どうしたら雲井の雁が、身を過たずにお過ごしになれるかと、そっと、しかるべき乳母たちとご相談されては、ただただ大宮ばかりを恨めしがっております。
◆写真:雲井の雁 風俗博物館
ではまた。