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【乙女(おとめ)】の巻】 その(16)
内大臣には、たくさんの君達がおられますが、夕霧に並ぶほどのご容姿ご器量のものはいないようです。大宮は、夕霧が勉学のために東の院へ移られてからは、ひたすら雲井の雁を可愛いものと身近に大事にされてきたものを、こうして離されることになって、淋しさは言葉に申せないのはもちろんです。
内大臣はお心の内は、
「いふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さてもやあらましと思せど、なほいと心やましければ、人の御程のすこしものものしくなりなむに、かたはならず見なして、その程志の深さ浅さのおもむきをも見定めて、ゆるすとも、ことさらなるやうに、もてなしてこそあらめ」
――二人のことは、いまさらどうにもならないことだから、穏便におさめて、許すことにしようかとも思われますが、それでもやはり、ひどく癪にさわって仕方がないのでした。夕霧がもう少し貫禄が出てきて、どっしりとしてきたならば、一人前に扱って、その時の雲井の雁への愛情の深さ浅さを見極めて、たとえ許すとしても、もったいをつけて許すのがよかろう。――
こうして、大宮にも、正妻の四の宮にも、何とか言いつくろって、あちらへ姫君をお移しになりました。
日がたって、大宮はお文を雲井の雁に、
「大臣こそうらみもし給はめ、君は、さりとも志の程も知り給ふらむ。渡りて見え給へ」
――内大臣は、なるほど私をお怨みでしょうが、あなたは私が愛おしく思っていることをご存じでしょう。こちらへ来てお顔をみせてくださいな――
雲井の雁は、美しくお衣装を調えてお出でになりました。十四歳におなりの姫君は、まだ大人になりきれぬ初々しさで、しとやかで、可愛らしい様子をしておられます。
大宮は、
「長年、私の傍から離さずにおりましたので、もうとても淋しくてなりません。余命いくらもないのですから、あなたの行く末まで見届けることはできまいと、命というものを、つくづく考えました。」とお泣きになります。姫君もお顔を上げることもできずに、ご一緒にただ泣いておられます。
そこへ、夕霧の乳母の宰相の君がお顔を出して、
「同じ君とこそ頼み聞こえさせつれ。口惜しくかく渡らせ給ふこと。殿はことざまに思しなる事おはしますとも、さやうに思しなびかせ給ふな」
――姫君を夕霧の君と同じようにご主人とお頼り申しておりました。口惜しくもこのようにお移りなさることになりまして。殿(父君の内大臣)が他の方へ御縁づけようとなさっても、決してご承知なさってはなりませんよ――
などと小声で申し上げますので、姫君はますます恥ずかしそうにして、ものもおっしゃらない。
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(16)
内大臣には、たくさんの君達がおられますが、夕霧に並ぶほどのご容姿ご器量のものはいないようです。大宮は、夕霧が勉学のために東の院へ移られてからは、ひたすら雲井の雁を可愛いものと身近に大事にされてきたものを、こうして離されることになって、淋しさは言葉に申せないのはもちろんです。
内大臣はお心の内は、
「いふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さてもやあらましと思せど、なほいと心やましければ、人の御程のすこしものものしくなりなむに、かたはならず見なして、その程志の深さ浅さのおもむきをも見定めて、ゆるすとも、ことさらなるやうに、もてなしてこそあらめ」
――二人のことは、いまさらどうにもならないことだから、穏便におさめて、許すことにしようかとも思われますが、それでもやはり、ひどく癪にさわって仕方がないのでした。夕霧がもう少し貫禄が出てきて、どっしりとしてきたならば、一人前に扱って、その時の雲井の雁への愛情の深さ浅さを見極めて、たとえ許すとしても、もったいをつけて許すのがよかろう。――
こうして、大宮にも、正妻の四の宮にも、何とか言いつくろって、あちらへ姫君をお移しになりました。
日がたって、大宮はお文を雲井の雁に、
「大臣こそうらみもし給はめ、君は、さりとも志の程も知り給ふらむ。渡りて見え給へ」
――内大臣は、なるほど私をお怨みでしょうが、あなたは私が愛おしく思っていることをご存じでしょう。こちらへ来てお顔をみせてくださいな――
雲井の雁は、美しくお衣装を調えてお出でになりました。十四歳におなりの姫君は、まだ大人になりきれぬ初々しさで、しとやかで、可愛らしい様子をしておられます。
大宮は、
「長年、私の傍から離さずにおりましたので、もうとても淋しくてなりません。余命いくらもないのですから、あなたの行く末まで見届けることはできまいと、命というものを、つくづく考えました。」とお泣きになります。姫君もお顔を上げることもできずに、ご一緒にただ泣いておられます。
そこへ、夕霧の乳母の宰相の君がお顔を出して、
「同じ君とこそ頼み聞こえさせつれ。口惜しくかく渡らせ給ふこと。殿はことざまに思しなる事おはしますとも、さやうに思しなびかせ給ふな」
――姫君を夕霧の君と同じようにご主人とお頼り申しておりました。口惜しくもこのようにお移りなさることになりまして。殿(父君の内大臣)が他の方へ御縁づけようとなさっても、決してご承知なさってはなりませんよ――
などと小声で申し上げますので、姫君はますます恥ずかしそうにして、ものもおっしゃらない。
ではまた。