10/25 201回
【乙女(おとめ)】の巻】 その(11)
二日ほどたって、内大臣はまた大宮の邸に参ります。母子ではありますが、面と向かわず、きちんと几帳を隔ててのお話をされます。内大臣は、
「よからぬものの上にて、恨めしと思ひ聞こえさせつべき事の出で参うて来るを、かうも思う給へじとかつは思ひ給ふれど、なほ鎮め難く覚え侍りてなむ」
――つまらぬ娘のために、母上を恨みに存じ上げたいほどのことが起こったのです。こうまでお怨みしてはいけないと一方では思いながら、こらえきれぬ気がいたしまして――
と、涙を押しぬぐいながらおっしゃると、大宮は、
「けさうじ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ」
――大宮は、お化粧されたお顔の色が変わり、目も丸くなさって――
「いったい何事で、今さらこの歳になった私に恨み事をおっしゃるのですか」と、おっしゃる大宮を、内大臣は少しお気の毒の思われますが、「母上をお頼り所として、雲井の雁をお預けして参りましたのに、意外なことがありまして、口惜しくてなりません。
夕霧は、天下に並ぶもののない物知りでしょうが、近親者同志でこういうことになるのは、世間にも夕霧にもよくないことです。近親結婚は源氏の君もお考えなさるでしょう。
夕霧を婿にするとしても、算段がありますのに、若い者たちの自由に任せて放っておかれましたことは、心外でございます」と一気におっしゃいます。
大宮は、夢にもご存じないことで、びっくりなさって、
「(……)もろともに罪を負わせ給ふは、うらめしき事になむ。見奉りしより、心殊に思ひ侍りて、そこに思し至らぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知れず思ひ侍れ。(……)」
――(それがほんとうならば、そう仰るのも分かりますが、二人のことはまったく気がつきませんでした。口惜しいのは私の方ですよ。)私まで一緒に罪を着せられて恨めしく思います。雲井の雁をお世話し始めてから、たいそう可愛く思いまして、あなたの気がつかない点をも立派に仕込みましょうと思っているのです。(可愛さに目がくらんで、早く一緒にさせようなどとは、思いもかけぬことです。無責任な世間の口を信じて大げさにおっしゃっては、姫君の不名誉になるかも知れませんよ)――
内大臣は、
「どうして根も葉もないことでしょうか。お側にいる女房達も目引き袖を引いて私を笑っているようですので、まことに悔しくてなりません。」と言い切って大宮の前を立っていかれます。事情を知っている女房達は、なんともあの若いお二人が気の毒に思え、あの夜の内緒話に心が責められて気が気ではなく、つくづく後悔しあうのでした。
ではまた。
【乙女(おとめ)】の巻】 その(11)
二日ほどたって、内大臣はまた大宮の邸に参ります。母子ではありますが、面と向かわず、きちんと几帳を隔ててのお話をされます。内大臣は、
「よからぬものの上にて、恨めしと思ひ聞こえさせつべき事の出で参うて来るを、かうも思う給へじとかつは思ひ給ふれど、なほ鎮め難く覚え侍りてなむ」
――つまらぬ娘のために、母上を恨みに存じ上げたいほどのことが起こったのです。こうまでお怨みしてはいけないと一方では思いながら、こらえきれぬ気がいたしまして――
と、涙を押しぬぐいながらおっしゃると、大宮は、
「けさうじ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ」
――大宮は、お化粧されたお顔の色が変わり、目も丸くなさって――
「いったい何事で、今さらこの歳になった私に恨み事をおっしゃるのですか」と、おっしゃる大宮を、内大臣は少しお気の毒の思われますが、「母上をお頼り所として、雲井の雁をお預けして参りましたのに、意外なことがありまして、口惜しくてなりません。
夕霧は、天下に並ぶもののない物知りでしょうが、近親者同志でこういうことになるのは、世間にも夕霧にもよくないことです。近親結婚は源氏の君もお考えなさるでしょう。
夕霧を婿にするとしても、算段がありますのに、若い者たちの自由に任せて放っておかれましたことは、心外でございます」と一気におっしゃいます。
大宮は、夢にもご存じないことで、びっくりなさって、
「(……)もろともに罪を負わせ給ふは、うらめしき事になむ。見奉りしより、心殊に思ひ侍りて、そこに思し至らぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知れず思ひ侍れ。(……)」
――(それがほんとうならば、そう仰るのも分かりますが、二人のことはまったく気がつきませんでした。口惜しいのは私の方ですよ。)私まで一緒に罪を着せられて恨めしく思います。雲井の雁をお世話し始めてから、たいそう可愛く思いまして、あなたの気がつかない点をも立派に仕込みましょうと思っているのです。(可愛さに目がくらんで、早く一緒にさせようなどとは、思いもかけぬことです。無責任な世間の口を信じて大げさにおっしゃっては、姫君の不名誉になるかも知れませんよ)――
内大臣は、
「どうして根も葉もないことでしょうか。お側にいる女房達も目引き袖を引いて私を笑っているようですので、まことに悔しくてなりません。」と言い切って大宮の前を立っていかれます。事情を知っている女房達は、なんともあの若いお二人が気の毒に思え、あの夜の内緒話に心が責められて気が気ではなく、つくづく後悔しあうのでした。
ではまた。