09.2/4 288回
【篝火(かがりび)の巻】 その(2)
七月の五、六日の夕月が早く沈んで、うす曇っている空の模様、荻の葉をわたる風の音も次第にあわれ深く聞かれる季節になりました。源氏は、お琴を枕にして玉鬘と仮寝をなさっていらっしゃいます。
「かかる類あらむや」
――これほど打ち解けて親しいのに、何の関係もなく過ごすということがあるものだろうか――
と、源氏は溜息がちにおられますが、夜も更けるまでになりましたので、女房たちが怪しむ前にお帰りになろうとお立ちになって、庭前の篝火が少し消えかかっていますのを、供の右近太夫を呼び寄せて、明るくお焚かせになります。振り向けば、玉鬘がつつましげに、いっそう可愛らしく座っておられるのが見えて、源氏は帰りがたく、ためらっておられます。
「絶えず人侍ひて燈しつけよ。夏の、月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
――始終誰か居て、焚きつけなさい。月のない頃は、庭の明かりがないのは、ひどく鬱陶しく、はっきりしない気分ですから――
と、おっしゃって、源氏の(歌)
「篝火にたちそふ恋のけぶりこそ世には絶えせぬほのほなりけれ(……)」
――篝火とともに立ち昇る私の恋の煙こそは、いつまでも絶えない焔なのです(何時まで待てというのですか。ふすぶる蚊遣火でなくても苦しい胸の内ですよ。)――
玉鬘は、確かに不思議な親子の間柄ではあるとお思いで、変な事態になりそうな様子に、(歌)
「行方なきそらに消ちてよかがり火のたよりにたぐふ烟とならば(……)」
――篝火の煙とおっしゃるなら、果てもない空にどうぞ消してくださいまし(人が怪しいと思うでしょう)――
とおっしゃって。お困りのご様子に、源氏は仕方なくお帰りになろうとなさるとき、東の対から風流な笛の音を筝に合わせて吹いているのが聞こえてきます。
ではまた。
【篝火(かがりび)の巻】 その(2)
七月の五、六日の夕月が早く沈んで、うす曇っている空の模様、荻の葉をわたる風の音も次第にあわれ深く聞かれる季節になりました。源氏は、お琴を枕にして玉鬘と仮寝をなさっていらっしゃいます。
「かかる類あらむや」
――これほど打ち解けて親しいのに、何の関係もなく過ごすということがあるものだろうか――
と、源氏は溜息がちにおられますが、夜も更けるまでになりましたので、女房たちが怪しむ前にお帰りになろうとお立ちになって、庭前の篝火が少し消えかかっていますのを、供の右近太夫を呼び寄せて、明るくお焚かせになります。振り向けば、玉鬘がつつましげに、いっそう可愛らしく座っておられるのが見えて、源氏は帰りがたく、ためらっておられます。
「絶えず人侍ひて燈しつけよ。夏の、月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
――始終誰か居て、焚きつけなさい。月のない頃は、庭の明かりがないのは、ひどく鬱陶しく、はっきりしない気分ですから――
と、おっしゃって、源氏の(歌)
「篝火にたちそふ恋のけぶりこそ世には絶えせぬほのほなりけれ(……)」
――篝火とともに立ち昇る私の恋の煙こそは、いつまでも絶えない焔なのです(何時まで待てというのですか。ふすぶる蚊遣火でなくても苦しい胸の内ですよ。)――
玉鬘は、確かに不思議な親子の間柄ではあるとお思いで、変な事態になりそうな様子に、(歌)
「行方なきそらに消ちてよかがり火のたよりにたぐふ烟とならば(……)」
――篝火の煙とおっしゃるなら、果てもない空にどうぞ消してくださいまし(人が怪しいと思うでしょう)――
とおっしゃって。お困りのご様子に、源氏は仕方なくお帰りになろうとなさるとき、東の対から風流な笛の音を筝に合わせて吹いているのが聞こえてきます。
ではまた。