09.2/12 296回
【野分(のわき)の巻】 その(7)
夕霧は、中の渡殿を通って、中宮の御殿の方へ行かれます。夕霧のお姿は朝日を受けてまことに鮮やかでお美しい。寝殿の方をご覧になりますと、御格子を二間ほど上げて、仄かな朝の光の中に、御簾を巻き上げて女房たちが座っております。
女童を庭にお下ろしになって、虫籠に露を与えさせておいでになります。紫苑色(しおんいろ)や撫子色の濃いのや薄いのや、さまざまの袙(あこめ)の上に、女郎花色の汗袗(かざみ)などという季節に相応しい衣装で、四人五人と連れ立ち、あちらこちらの草むらに寄って(さまざまの色の虫籠を持ち歩き、歩いている姿が)何とも言えず美しく見えます。
夕霧が、小声でご挨拶して静かに歩み出ていらっしゃると、
「人々けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ」
――女房たちは、あからさまには驚きの様子は見せないものの、皆、内へ、すべり入ってしまわれました――
夕霧は、源氏の御手紙を差し上げて、この御殿を見まわされますと、秋好中宮の御住居は気高くて清らかにお暮らしのご様子が忍ばれるのでした。
夕霧は、源氏の御殿にお帰りになって、中宮のお返事を申し上げます。
「荒き風をもふせがせ給ふべくやと、若々しく心細く覚え侍るを、今なむなぐさめ侍りぬる」
――こちらへおいでになって、暴風の警戒にお当たりくださるかしらと、子供のように心細く思っていましたが、ただ今のお便りでやっと気が休まりました――
源氏は、中宮のお言葉をお聞きになって、「なるほど、女達だけでは、恐ろしくかったであろう。冷淡とも思われたのでは」と急いで中宮の御殿へ上がるべく、お召し替えになります。その脇の几帳からかすかにご婦人のご衣裳の袖口が見えます。夕霧は、
「さにこそあらめと思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、外ざまに見やりつ」
――きっと、紫の上に違いないと思いますと、胸がどきどきする心地なのも、やましい気がして、目を逸らしたのでした――
◆中の渡殿を通って=六条院の四つの御殿は相互に渡り廊下でつながっていました。外に出なくても通えるようになっていました。
◆写真:汗袗(かざみ)姿の女童 風俗博物館
ではまた。
【野分(のわき)の巻】 その(7)
夕霧は、中の渡殿を通って、中宮の御殿の方へ行かれます。夕霧のお姿は朝日を受けてまことに鮮やかでお美しい。寝殿の方をご覧になりますと、御格子を二間ほど上げて、仄かな朝の光の中に、御簾を巻き上げて女房たちが座っております。
女童を庭にお下ろしになって、虫籠に露を与えさせておいでになります。紫苑色(しおんいろ)や撫子色の濃いのや薄いのや、さまざまの袙(あこめ)の上に、女郎花色の汗袗(かざみ)などという季節に相応しい衣装で、四人五人と連れ立ち、あちらこちらの草むらに寄って(さまざまの色の虫籠を持ち歩き、歩いている姿が)何とも言えず美しく見えます。
夕霧が、小声でご挨拶して静かに歩み出ていらっしゃると、
「人々けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ」
――女房たちは、あからさまには驚きの様子は見せないものの、皆、内へ、すべり入ってしまわれました――
夕霧は、源氏の御手紙を差し上げて、この御殿を見まわされますと、秋好中宮の御住居は気高くて清らかにお暮らしのご様子が忍ばれるのでした。
夕霧は、源氏の御殿にお帰りになって、中宮のお返事を申し上げます。
「荒き風をもふせがせ給ふべくやと、若々しく心細く覚え侍るを、今なむなぐさめ侍りぬる」
――こちらへおいでになって、暴風の警戒にお当たりくださるかしらと、子供のように心細く思っていましたが、ただ今のお便りでやっと気が休まりました――
源氏は、中宮のお言葉をお聞きになって、「なるほど、女達だけでは、恐ろしくかったであろう。冷淡とも思われたのでは」と急いで中宮の御殿へ上がるべく、お召し替えになります。その脇の几帳からかすかにご婦人のご衣裳の袖口が見えます。夕霧は、
「さにこそあらめと思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、外ざまに見やりつ」
――きっと、紫の上に違いないと思いますと、胸がどきどきする心地なのも、やましい気がして、目を逸らしたのでした――
◆中の渡殿を通って=六条院の四つの御殿は相互に渡り廊下でつながっていました。外に出なくても通えるようになっていました。
◆写真:汗袗(かざみ)姿の女童 風俗博物館
ではまた。