09.8/7 469回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(23)
源氏は続けてお話になります。
「数多くとは言えませんが、女の人にはそれぞれに取り得があるものと分かるにつけても、真底から穏やかで落ち着いた気立ての人は、めったにいないものだと思うようになりました」と。また、
「大将の母君を、幼なかりし程に見そめて、やむごとなくえさらぬ筋には思ひしを、常に仲よからず、隔てある心地して止みにしこそ、今思へばいとほしく悔しくもあれ、またわが過まちにのにもあらざりけりなど、心一つになむ思ひ出づる。」
――大将の母君(葵の上)とは、私が十二歳のときに正式に夫婦となって、本妻として動かしようのない人とは思っていましたが、どうも仲睦まじくはなれず、隔てある気持ちのままで終ってしまったことなど、今の心では気の毒にも残念にも思われますが、だからといって、私だけが悪かったのではないなどと、人知れず思い出すのですよ。――
「うるはしく重りかにて、そのことの飽かぬかな、と覚ゆる事もなかりき。ただいとあまり乱れたる所なく、すくずくしく、すこしさかしやといふべかりけむ、と、思ふにはたのもしく、見るにはわづらはしかりし人ざまになむ。」
――(葵の上は)端正で重々しくて、どこが不満ということもありませんでした。ただ、あまり打ち解けたところがなく、生真面目で少々賢女すぎたとでもいいましょうか、離れていれば妻としては頼もしいけれど、顔を合わせていると鬱陶しい人でしたよ――
「中宮の御母御息所なむ、さまことに、心深くなまめかしき例には、先づ思ひ出でらるれど、人見えにくく、苦しかりしさまになむありし。うらむべきふしぞ、げに道理と覚ゆるふしを、やがて長く思ひつめて、深く怨ぜられしこそ、いと苦しかりしか。」
――秋好中宮の御母君の六条御息所という方は、並々ならぬお方で、ご教養の底知れぬ深さ、容色も優れて優雅でいらした例としては一番に思い出されるのですが、あちらが気を遣われますとこちらにも響いて、逢っていても気づまりで辛い感じの方でした。私を怨むのも成程もっともだと思われる点(浮気っぽさ)を、そのままいつまでも深く怨まれたのには、本当に困ったものでした――
◆すくずくしく=いかにも生真面目、愛想がない。
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(23)
源氏は続けてお話になります。
「数多くとは言えませんが、女の人にはそれぞれに取り得があるものと分かるにつけても、真底から穏やかで落ち着いた気立ての人は、めったにいないものだと思うようになりました」と。また、
「大将の母君を、幼なかりし程に見そめて、やむごとなくえさらぬ筋には思ひしを、常に仲よからず、隔てある心地して止みにしこそ、今思へばいとほしく悔しくもあれ、またわが過まちにのにもあらざりけりなど、心一つになむ思ひ出づる。」
――大将の母君(葵の上)とは、私が十二歳のときに正式に夫婦となって、本妻として動かしようのない人とは思っていましたが、どうも仲睦まじくはなれず、隔てある気持ちのままで終ってしまったことなど、今の心では気の毒にも残念にも思われますが、だからといって、私だけが悪かったのではないなどと、人知れず思い出すのですよ。――
「うるはしく重りかにて、そのことの飽かぬかな、と覚ゆる事もなかりき。ただいとあまり乱れたる所なく、すくずくしく、すこしさかしやといふべかりけむ、と、思ふにはたのもしく、見るにはわづらはしかりし人ざまになむ。」
――(葵の上は)端正で重々しくて、どこが不満ということもありませんでした。ただ、あまり打ち解けたところがなく、生真面目で少々賢女すぎたとでもいいましょうか、離れていれば妻としては頼もしいけれど、顔を合わせていると鬱陶しい人でしたよ――
「中宮の御母御息所なむ、さまことに、心深くなまめかしき例には、先づ思ひ出でらるれど、人見えにくく、苦しかりしさまになむありし。うらむべきふしぞ、げに道理と覚ゆるふしを、やがて長く思ひつめて、深く怨ぜられしこそ、いと苦しかりしか。」
――秋好中宮の御母君の六条御息所という方は、並々ならぬお方で、ご教養の底知れぬ深さ、容色も優れて優雅でいらした例としては一番に思い出されるのですが、あちらが気を遣われますとこちらにも響いて、逢っていても気づまりで辛い感じの方でした。私を怨むのも成程もっともだと思われる点(浮気っぽさ)を、そのままいつまでも深く怨まれたのには、本当に困ったものでした――
◆すくずくしく=いかにも生真面目、愛想がない。
ではまた。