09.8/11 473回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(27)
六条院では、邸内の上下をあげ、悲しみに包まれております。冷泉院もお聞きになって、
「この人亡せ給はば、院も必ず世を背く御本意遂げ給ひてむ」
――紫の上がもしも亡くなられたら、源氏もきっと出家の御意志を遂げられるであろう。(そのようになったならば、御後見役を失う女三宮を心配している)
夕霧も心をこめてご看病のため、御修法なども、源氏とは別にご自分でもおさせになります。紫の上は少し意識が戻られた時などに、
「聞こゆる事をさも心憂く」
――あれほど出家のお願いをしましたのに、お許しくださらないとは…それがとても情けないのです――
と、おっしゃいます。源氏は、
「昔より、自らぞかかる本意深きを、とまりてさうざうしく思されむ心苦しさに、ひかれつつ過ぐすを、さかさまにうち棄て給はむとや思す」
――昔から私こそ出家の志が深かったのですよ。でも後に残ったあなたが淋しがられるのがお気の毒で、それに心引かれて過ごしていましたのに、逆に私をお棄てになるおつもりですか――
とただただ嘆くばかりです。出家をしたならば回復なさるかも知れないが、しかし日に日に弱っていかれる今のご様子を見ては、もう臨終かとおもえることも多く、迷っておいでになります。
源氏は一時も二条院をお離れになることもできず、六条院の女三宮のところへも、ほんのちょっとでもお渡りになれません。
六条院では、あの女楽にお使いになった弦楽器類も、興ざめたようにみな片付けられ、人々も多くが二条院に集められておりますので、火が消えたように沈みきっていて、あのように六条院が華やかであったのは、
「人ひとりの御けはひなりけりと見ゆ」
――紫の上お一人がおいでになっていらしたからであったのかと、今さらながら思われるのでした――
◆出家をしたならば回復なさるかも知れない=当時は出家によって罪障が消され、罪による体の病気も取り除かれると信じられていた。
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(27)
六条院では、邸内の上下をあげ、悲しみに包まれております。冷泉院もお聞きになって、
「この人亡せ給はば、院も必ず世を背く御本意遂げ給ひてむ」
――紫の上がもしも亡くなられたら、源氏もきっと出家の御意志を遂げられるであろう。(そのようになったならば、御後見役を失う女三宮を心配している)
夕霧も心をこめてご看病のため、御修法なども、源氏とは別にご自分でもおさせになります。紫の上は少し意識が戻られた時などに、
「聞こゆる事をさも心憂く」
――あれほど出家のお願いをしましたのに、お許しくださらないとは…それがとても情けないのです――
と、おっしゃいます。源氏は、
「昔より、自らぞかかる本意深きを、とまりてさうざうしく思されむ心苦しさに、ひかれつつ過ぐすを、さかさまにうち棄て給はむとや思す」
――昔から私こそ出家の志が深かったのですよ。でも後に残ったあなたが淋しがられるのがお気の毒で、それに心引かれて過ごしていましたのに、逆に私をお棄てになるおつもりですか――
とただただ嘆くばかりです。出家をしたならば回復なさるかも知れないが、しかし日に日に弱っていかれる今のご様子を見ては、もう臨終かとおもえることも多く、迷っておいでになります。
源氏は一時も二条院をお離れになることもできず、六条院の女三宮のところへも、ほんのちょっとでもお渡りになれません。
六条院では、あの女楽にお使いになった弦楽器類も、興ざめたようにみな片付けられ、人々も多くが二条院に集められておりますので、火が消えたように沈みきっていて、あのように六条院が華やかであったのは、
「人ひとりの御けはひなりけりと見ゆ」
――紫の上お一人がおいでになっていらしたからであったのかと、今さらながら思われるのでした――
◆出家をしたならば回復なさるかも知れない=当時は出家によって罪障が消され、罪による体の病気も取り除かれると信じられていた。
ではまた。