2010.1/6 610回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(25)
夕霧からのお手紙をお読みになって、御息所は、
「この御文もけざやかなる気色にもあらで、めざましげに心地よ顔に、今宵つれなきを、いといみじ」
――このお文でも、夕霧のはっきりとした態度が見られず、腹の立つほど好い気なご様子で、やはり今夜も尋ねては来られないのは、全くひどい話――
と、がっかりなさる。
「故かんの君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、大方のもてなしはまた並ぶ人なかりしかば、こなたに力ある心地して、なぐさめしだに、世には心もゆかざりしを、あないみじや、大殿のわたりに思ひ宣はむこと」
――亡き柏木のご態度が、案外で当てにならなかった頃、厭なことだと思っていましたが、表面上は落葉宮を第一の人としての待遇を怠らずにつとめてくださった。それだけの権威がこちらにあるからと、自らをなぐさめていましたが、それでさえ不満でなりませんでしたのに、ああ酷いことよ。致仕大臣(柏木の父君)あたりの思いは、どんなでしょう。――
と、あの頃のことまで思い出され、悔しくてなりません。いったい夕霧はどんなお積りか。あの方のご様子だけでも探ってみなくてはと、気分も悪い中で、手も震え、妙な鳥の足のような筆跡でお手紙をお書きになります。「宮にお返事を薦めるのですが、気分も優れないようですので、わたしが見かねまして」という書き出しで、
(歌)「女郎花しをるる野辺をいづことてひと夜ばかりの宿をかりけむ」
――女郎花(おみなえし=歌では多く女性にたとえる)の宮が、これほど沈んでいますのに、一体あなたは誰のつもりで唯一夜だけお泊りになったのですか――
と、お書きになったきり横に臥してしまわれ、ひどくお苦しみになります。少しお加減が良かったのは、物の怪が油断していたからかと侍女たちが大騒ぎしています。いつもの上手な加持僧が大声で祈祷なさる。落葉宮はご心配で、母上がお亡くなりになるようなら、一緒に死のうと思われて側に寄り添っていらっしゃる。
◆めざましげ=(素晴らしい。立派。の意もあるが)ここでは、心外だ。あきれるほどだ。
◆心地よ顔=心地良顔=気持よさそうな表情・態度。いい気な態度。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(25)
夕霧からのお手紙をお読みになって、御息所は、
「この御文もけざやかなる気色にもあらで、めざましげに心地よ顔に、今宵つれなきを、いといみじ」
――このお文でも、夕霧のはっきりとした態度が見られず、腹の立つほど好い気なご様子で、やはり今夜も尋ねては来られないのは、全くひどい話――
と、がっかりなさる。
「故かんの君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、大方のもてなしはまた並ぶ人なかりしかば、こなたに力ある心地して、なぐさめしだに、世には心もゆかざりしを、あないみじや、大殿のわたりに思ひ宣はむこと」
――亡き柏木のご態度が、案外で当てにならなかった頃、厭なことだと思っていましたが、表面上は落葉宮を第一の人としての待遇を怠らずにつとめてくださった。それだけの権威がこちらにあるからと、自らをなぐさめていましたが、それでさえ不満でなりませんでしたのに、ああ酷いことよ。致仕大臣(柏木の父君)あたりの思いは、どんなでしょう。――
と、あの頃のことまで思い出され、悔しくてなりません。いったい夕霧はどんなお積りか。あの方のご様子だけでも探ってみなくてはと、気分も悪い中で、手も震え、妙な鳥の足のような筆跡でお手紙をお書きになります。「宮にお返事を薦めるのですが、気分も優れないようですので、わたしが見かねまして」という書き出しで、
(歌)「女郎花しをるる野辺をいづことてひと夜ばかりの宿をかりけむ」
――女郎花(おみなえし=歌では多く女性にたとえる)の宮が、これほど沈んでいますのに、一体あなたは誰のつもりで唯一夜だけお泊りになったのですか――
と、お書きになったきり横に臥してしまわれ、ひどくお苦しみになります。少しお加減が良かったのは、物の怪が油断していたからかと侍女たちが大騒ぎしています。いつもの上手な加持僧が大声で祈祷なさる。落葉宮はご心配で、母上がお亡くなりになるようなら、一緒に死のうと思われて側に寄り添っていらっしゃる。
◆めざましげ=(素晴らしい。立派。の意もあるが)ここでは、心外だ。あきれるほどだ。
◆心地よ顔=心地良顔=気持よさそうな表情・態度。いい気な態度。
ではまた。