2010.1/25 629回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(44)
雲井の雁は、またお心の中で、
「われも、昔よりしかならひなましかば、人目も馴れて、なかなか過ぐしてまし、世の例にしつべき御心ばへと、親兄弟よりはじめ奉り、めやすきあえものにし給へるを、ありありては、末にはぢがましき事やあらむ」
――私も、昔からそのような状態に馴れてきたのでしたら(他の女や妾の多い夫に仕えてきていたのなら)煩わしい世間のことにも馴れて、それなりに何とか暮らしていけたでしょうに、なまじ夫の夕霧が、世間のお手本になるほどの品行方正な堅人であるとして、親兄弟をはじめ、皆が私のことを結構なあやかり者と褒めそやしてくださった分だけ、長い間連れ添った後の今となって、このような人聞きの悪い恥ずかし目に遭うとは――
と、身も世もなく歎いていらっしゃる。
夜も明け方近くになって、
「かたみにうち出で給ふことなくて、背き背きに歎き明かして、朝霧の晴れ間も待たず、例の文をぞいそぎ書き給ふ」
――(夕霧は)雲井の雁とお互いに話し合うこともなく、夜はそれぞれ背中合わせに歎き明かされたのでした。それでいながら、夕霧は朝の霧が晴れない内から起きられて、例によって落葉宮に御文を急いでお書きになります――
雲井の雁は癪にさわる思いがしますが、夕霧が細々とお書きになっては声をひそめて小声で確かめておいでになるのを漏れ聞いて、つなぎ合わせてみますと、
(歌)「いつとかはおどろかすべき明けぬ夜の夢せめてとかいひしひとこと」
――夢の覚めた心地になった時に、とおっしゃった一言を、いつと思ってお訪ねしたらよいでしょう――
とでもお書きになったようでした。落葉宮のお答えの無さに思い悩んでおられ、封をなさってからも、どうしたものかと呟いていらっしゃる。それから遣い人を呼んでお手紙を届けさせます。
雲井の雁は、
「御返り事をだに見つけてしがな、なほいかなることぞと、気色見まほしう思す」
――この御文に対する宮からのお返事があるなら見たいもの、いったい実際はどうなのかしら、是非とも本当の事を知りたいとお思いになるのでした――
◆かたみに=互いに、かわるがわる、交互に。
◆しかならひなましかば=しか(然か=そのように)、ならひ(習ひ、慣らひ=慣れる事)なましかば(きっと……だったろう)。ましかば……まし。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(44)
雲井の雁は、またお心の中で、
「われも、昔よりしかならひなましかば、人目も馴れて、なかなか過ぐしてまし、世の例にしつべき御心ばへと、親兄弟よりはじめ奉り、めやすきあえものにし給へるを、ありありては、末にはぢがましき事やあらむ」
――私も、昔からそのような状態に馴れてきたのでしたら(他の女や妾の多い夫に仕えてきていたのなら)煩わしい世間のことにも馴れて、それなりに何とか暮らしていけたでしょうに、なまじ夫の夕霧が、世間のお手本になるほどの品行方正な堅人であるとして、親兄弟をはじめ、皆が私のことを結構なあやかり者と褒めそやしてくださった分だけ、長い間連れ添った後の今となって、このような人聞きの悪い恥ずかし目に遭うとは――
と、身も世もなく歎いていらっしゃる。
夜も明け方近くになって、
「かたみにうち出で給ふことなくて、背き背きに歎き明かして、朝霧の晴れ間も待たず、例の文をぞいそぎ書き給ふ」
――(夕霧は)雲井の雁とお互いに話し合うこともなく、夜はそれぞれ背中合わせに歎き明かされたのでした。それでいながら、夕霧は朝の霧が晴れない内から起きられて、例によって落葉宮に御文を急いでお書きになります――
雲井の雁は癪にさわる思いがしますが、夕霧が細々とお書きになっては声をひそめて小声で確かめておいでになるのを漏れ聞いて、つなぎ合わせてみますと、
(歌)「いつとかはおどろかすべき明けぬ夜の夢せめてとかいひしひとこと」
――夢の覚めた心地になった時に、とおっしゃった一言を、いつと思ってお訪ねしたらよいでしょう――
とでもお書きになったようでした。落葉宮のお答えの無さに思い悩んでおられ、封をなさってからも、どうしたものかと呟いていらっしゃる。それから遣い人を呼んでお手紙を届けさせます。
雲井の雁は、
「御返り事をだに見つけてしがな、なほいかなることぞと、気色見まほしう思す」
――この御文に対する宮からのお返事があるなら見たいもの、いったい実際はどうなのかしら、是非とも本当の事を知りたいとお思いになるのでした――
◆かたみに=互いに、かわるがわる、交互に。
◆しかならひなましかば=しか(然か=そのように)、ならひ(習ひ、慣らひ=慣れる事)なましかば(きっと……だったろう)。ましかば……まし。
ではまた。