永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(619)

2010年01月15日 | Weblog
2010.1/15   619回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(34)

 このような騒ぎのときに、夕霧からのお手紙が届けられたらしいことを、御息所は消えゆく意識の中でお聞きになって、今夜も御本人の夕霧はお出でにならないことに肯かれて、お心の内でがっかりなさって、

「世の例にもひかれ給ふべきなめり、何をわれさへさる言の葉を残しけむ」
――宮もこれでは世の噂話の種になられることでしょう。どうして自分までもが、あのような浅はかな歌をおくってしまったことか――

 と、あれこれ思っておられるうちに、そのまま息が絶えて了われました。御息所はときどき物の怪に煩わされて何度も臨終の折がありましたが、今度がいよいよ最後だと皆にもわかりました。落葉宮は一緒に死にたいとお側でしがみついておられますが、女房たちが、

「今は言ふかひなし。いとかう思すとも、限りある道は、返りおはすべき事にもあらず。慕ひ聞こえ給ふとも、いかでか御心にはかなふべき。いとゆゆしう、亡き御為にも罪深きわざなり。今は去らせ給へ」
――もう致し方ありません。そのようにお嘆きになりましても、死出の旅路からお帰りにはなれません。お跡を追われましょうとも、どうしてご自由に行けましょう。それは
いけないことです。故人の御往生の妨げにもなります。どうぞ、お側から離れてください――

 加持僧は祈祷の壇を壊して退出しますと、いよいよ最後のときがきて、宮は悲しく心細いのでした。諸方からの御弔問は、いつの間に聞きつけられたのかと思うほど早く、夕霧からも源氏からも、山にお籠りの朱雀院(落葉宮の御父宮)からも御弔問のお使いがいらっしゃいます。

 生前、御息所が平生から、「死後は早く葬るように」とおっしゃっておいででしたので、今日早速葬送いたすことになり、御息所の甥の前大和守が万事とり仕切っています。
最後のお別れに皆が泣き悲しんでおりますところに、夕霧が到着なさったのでした。

実は、夕霧は、

「今日より後、日ついであしかりけり」
――今日を置いては、弔問の日柄が悪いから――

 と、人前を取り繕って、家人たちがお止めするのを振りはらってこちらへお出かけになったのでした。

ではまた。