2010.1/14 618回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(33)
御息所のお話は、柏木との御縁談にさかのぼって、
「院よりはじめ奉りて、思し靡き、この父大臣にもゆるい給ふべき御気色ありしに、おのれ一人しも心をたてても、如何はと思ひより侍りし事なれば、(……)こよなう情けなき人の御心にも侍りけるかな」
――(婿として柏木はどうであろうかとのご縁談のとき)朱雀院をはじめ、みな御賛成になり、柏木の父大臣にもお許しの御内意が伝えられましたのに、私一人だけが反対をしてもどうかと思いまして、諦めたことでしたが、(その後々までも御不運なあなたの御身を、ただ空に向かって愚痴をこぼして過ぎてきました。今こうして困った事件が起こりそうで、しかしまあ世間の評判は構わないとしても、)せめて夕霧のご態度が世間並みであったらと、まったく情けない夕霧のなさり方ですこと――
と、とめどもなくお泣きになります。御息所が筋道もなく一人合点に言われますのを、宮は逆らわれる言葉もなく、一緒に泣いておられるご様子は、おっとりと愛らしげでいらっしゃる。そのような宮を見守りならが、御息所はまた、
「あはれ、何事かは人におとり給へる。いかなる御宿世にて、安からず物を深く思すべき契り深かりけむ」
――ああ、あなたは何一つ人に劣ったところはありません。それを何の運命でこれほど深く思い悩まなければならないのでしょう――
と、おっしゃるうちにひどくお苦しみになって、物の怪なども、このような弱り目につけ込むものですから、
「にはかに消え入りて、ただ冷えに冷え入り給ふ。律師も騒ぎたち給うて、願など立てののしり給ふ」
――にわかに命が消え入りそうになって、お身体は徐々に冷たくなっていかれます。律師も驚いて蘇生の願などを立てて、大声でお祈りされます――
律師は、自分が深い誓いによって山籠りから出るまいとの決心を持っていましたのに、御息所のご容体のために下ってきていたのです。今その祈祷の壇を壊して帰山するのでは面目もなく、仏の力も何ほどかと恨まれそうで、心を奮い起こして一生懸命お祈り申されます。落葉宮の泣き惑われますことは言うまでもありません。
◆祈祷の壇を壊して帰山=祈祷が報われなかったときは、祈祷の壇を打ち壊して寺に帰る。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(33)
御息所のお話は、柏木との御縁談にさかのぼって、
「院よりはじめ奉りて、思し靡き、この父大臣にもゆるい給ふべき御気色ありしに、おのれ一人しも心をたてても、如何はと思ひより侍りし事なれば、(……)こよなう情けなき人の御心にも侍りけるかな」
――(婿として柏木はどうであろうかとのご縁談のとき)朱雀院をはじめ、みな御賛成になり、柏木の父大臣にもお許しの御内意が伝えられましたのに、私一人だけが反対をしてもどうかと思いまして、諦めたことでしたが、(その後々までも御不運なあなたの御身を、ただ空に向かって愚痴をこぼして過ぎてきました。今こうして困った事件が起こりそうで、しかしまあ世間の評判は構わないとしても、)せめて夕霧のご態度が世間並みであったらと、まったく情けない夕霧のなさり方ですこと――
と、とめどもなくお泣きになります。御息所が筋道もなく一人合点に言われますのを、宮は逆らわれる言葉もなく、一緒に泣いておられるご様子は、おっとりと愛らしげでいらっしゃる。そのような宮を見守りならが、御息所はまた、
「あはれ、何事かは人におとり給へる。いかなる御宿世にて、安からず物を深く思すべき契り深かりけむ」
――ああ、あなたは何一つ人に劣ったところはありません。それを何の運命でこれほど深く思い悩まなければならないのでしょう――
と、おっしゃるうちにひどくお苦しみになって、物の怪なども、このような弱り目につけ込むものですから、
「にはかに消え入りて、ただ冷えに冷え入り給ふ。律師も騒ぎたち給うて、願など立てののしり給ふ」
――にわかに命が消え入りそうになって、お身体は徐々に冷たくなっていかれます。律師も驚いて蘇生の願などを立てて、大声でお祈りされます――
律師は、自分が深い誓いによって山籠りから出るまいとの決心を持っていましたのに、御息所のご容体のために下ってきていたのです。今その祈祷の壇を壊して帰山するのでは面目もなく、仏の力も何ほどかと恨まれそうで、心を奮い起こして一生懸命お祈り申されます。落葉宮の泣き惑われますことは言うまでもありません。
◆祈祷の壇を壊して帰山=祈祷が報われなかったときは、祈祷の壇を打ち壊して寺に帰る。
ではまた。