2010.1/8 612回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(27)
お手紙を取り上げられた夕霧のご様子が、それほど残念そうでもありませんので、雲井の雁は「本当にそうかも知れない」と、御文の文面など見ずにそのままお持ちになりながら、
「年月に添ふるあなづらはしさは、御心ならひなべかめり」
――年月が経つにつれて人を侮るようになったのは、あなたの方こそのお心癖の方でしょう――
とだけ若々しく可愛げのある風に雲井の雁がおっしゃるのは、夕霧があまりにも物に動じない風にいていらっしゃるので、きまりが悪いと思ってのことのようです。夕霧はお笑いになりながら、
「そはともかくもあらむ。世の常のことなり。またあらじかし、よろしうなりぬる男の、かくまがふ方なく、ひとつ所を守らへて、物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは。いかに人笑ふらむ。さるかたくなしき物に守られ給ふは、御為にもたけからずや。」
――それはそうかもしれないが、世間並みのことですよ。相当の身分の者で、こんなに脇目もふらず、一人の女を守り続けて、雌鷹を恐れる臆病な雄鷹のようにおどおどしている者は、まず居ますまい。どんなに世間の人に笑われていることか。こんな融通の利かない男に守られておいででは、あなたにも名誉なことではないでしょうよ――
つづけて、
「あまたが中に、なほ際まさりことなるけぢめ見えたるこそ、余所のおぼえも心にくく、わが心地もなほ旧り難く、をかしき事もあはれなる筋も絶えざらめ。…」
――大勢の女の中で、各段の待遇を受けるのこそ、世間から見ても奥ゆかしく、ご自分でも常に生き生きと、世の中の楽しみが絶えないというものでしょう。…――
と、夕霧は、あの御文を取り戻したい下心で、わざと陽気に何気ない風におっしゃる。雲井の雁は屈託なく微笑まれて、
「(……)いと今めかしくなりかはれる御気色のすさまじさも、見習はずなりにける事なれば、いとなむ苦しき。(……)」
――(あなたが見栄え良くなさろうというのに、私のように古びてしまった者は、困ってしまいますわ)この頃、ばかに若々しくなられたご態度に(浮気心)、今まで馴れていませんでしたから、辛くてなりません。(前から私を馴れさせてくださればよかったのに=嫉妬心に)
雲井の雁が文句を言われるご様子も、可愛らしくて、夕霧には悪い気がしません。
◆物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは=雌鷹を恐れる雄鷹(せう)のような男は。
◆たけからず=長く・闌く(たく)=盛りになる。ある方面に長ずる。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(27)
お手紙を取り上げられた夕霧のご様子が、それほど残念そうでもありませんので、雲井の雁は「本当にそうかも知れない」と、御文の文面など見ずにそのままお持ちになりながら、
「年月に添ふるあなづらはしさは、御心ならひなべかめり」
――年月が経つにつれて人を侮るようになったのは、あなたの方こそのお心癖の方でしょう――
とだけ若々しく可愛げのある風に雲井の雁がおっしゃるのは、夕霧があまりにも物に動じない風にいていらっしゃるので、きまりが悪いと思ってのことのようです。夕霧はお笑いになりながら、
「そはともかくもあらむ。世の常のことなり。またあらじかし、よろしうなりぬる男の、かくまがふ方なく、ひとつ所を守らへて、物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは。いかに人笑ふらむ。さるかたくなしき物に守られ給ふは、御為にもたけからずや。」
――それはそうかもしれないが、世間並みのことですよ。相当の身分の者で、こんなに脇目もふらず、一人の女を守り続けて、雌鷹を恐れる臆病な雄鷹のようにおどおどしている者は、まず居ますまい。どんなに世間の人に笑われていることか。こんな融通の利かない男に守られておいででは、あなたにも名誉なことではないでしょうよ――
つづけて、
「あまたが中に、なほ際まさりことなるけぢめ見えたるこそ、余所のおぼえも心にくく、わが心地もなほ旧り難く、をかしき事もあはれなる筋も絶えざらめ。…」
――大勢の女の中で、各段の待遇を受けるのこそ、世間から見ても奥ゆかしく、ご自分でも常に生き生きと、世の中の楽しみが絶えないというものでしょう。…――
と、夕霧は、あの御文を取り戻したい下心で、わざと陽気に何気ない風におっしゃる。雲井の雁は屈託なく微笑まれて、
「(……)いと今めかしくなりかはれる御気色のすさまじさも、見習はずなりにける事なれば、いとなむ苦しき。(……)」
――(あなたが見栄え良くなさろうというのに、私のように古びてしまった者は、困ってしまいますわ)この頃、ばかに若々しくなられたご態度に(浮気心)、今まで馴れていませんでしたから、辛くてなりません。(前から私を馴れさせてくださればよかったのに=嫉妬心に)
雲井の雁が文句を言われるご様子も、可愛らしくて、夕霧には悪い気がしません。
◆物おじしたる鳥のせうやうの物のやうなるは=雌鷹を恐れる雄鷹(せう)のような男は。
◆たけからず=長く・闌く(たく)=盛りになる。ある方面に長ずる。
ではまた。