永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(615)

2010年01月11日 | Weblog
2010.1/11   615回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(30)

 夕霧は、

「いで、このひがごとな常に宣ひそ。何のをかしきやうかある。世人に准へ給ふこそなかなかはづかしけれ。この女房たちも、かつはあやしきまめざまを、かく宣ふと頬笑むらむものを」
――まったく、こんなつまらぬ事をいつもおっしゃるな。何の風情なことがあろうか。わたしを世間の浮気者と同じようにお考えとは、極まりが悪い。ここの侍女たちも、こんな堅物をそんなに嫉妬なさるとは、と、笑っているだろうに――

 と、つとめて冗談の風を装って、

「その文よ。いづら」
――そのお文はどこです。お出しなさい――

 とおっしゃいますが、雲井の雁はすぐにはお出しにならない。なおあれこれお話をなさってうとうとなさっているうちに、この日も夕暮れになっていましました。夕霧は蜩の声に目を覚まされて、

「山のかげいかに霧ふたがりぬらむ、あさましや、今日この御かへりごとをだに」
――小野の山荘ではどんなに霧が立ち込めて侘しいだろう、ああとんでもないことになった、せめてお返事だけでも今日差し上げねば――

 と、小野の御方をお気の毒の思われて、しかし、あのお手紙をどのように繕ったらよいのか思案にくれながらも、雲井の雁の御座所の奥を試しに引きあげてごらんになりますと、そこに挟んであったのでした。嬉しくもばかばかしくも思いながら、苦笑いをなさって読んでみますと、

「かう心苦しきことなむありける。胸つぶれて、一夜のことを、心ありて聞き給ふけると思すに、いとほしう心苦し。」
――(御息所のお手紙には)恨み事が書いてあるのでした。夕霧は胸がどきどきして、あの夜のことを、御息所は意味あるように(実事があったと)聞かれたのだと思われたとしたならば、ああお気の毒なことよ。――

 御息所のお手紙は、実に辛そうに、頼りなくぼかした書き方ではありますが、昨夜は待ちぼうけて、夜を明かされたのだろうと、夕霧は何とも言いようのないお気持で、

「女君ぞいとつらう心憂き。すずろにかくあだへ隠して、いでや、わがならはしぞや、と、さまざまに身もつらくて、すべて泣きぬべき心地し給ふ」
――女君(雲井の雁)が大変恨めしい。こんな訳もない悪戯でかくすなんて。いや、それもこれも私の躾(女は嫉妬せぬのが最大の美徳)が悪かったからだと、何かにつけてわが身も辛く、まったく泣きたいほどにやるせない心地です――

◆あやしきまめざま=怪しき(普通でない、不思議なほど)まめざま(忠実のさま)

◆あだへ隠して=徒ふ(あだふ=ふざける、戯れる)=ふざけて隠したりして。

ではまた。