信頼と力は水と油
信頼は、力で相手を操縦したり、コントロールしたりすることを止めにして、その場に踏みとどまることや、待つことに、心を配ることになります。 p116の15行目...
日本ラグビーの活躍に、心躍る思いをされた方が、多かったのではないですか?私も、南アメリカ戦で、終盤、日本がゴールラインを割った時には、テレビ画面に向かって、思わず「やった!」と叫んでしまいました。 周りにいた方、ゴメンナサイね。なんせ、私の声は、「隣のホームにいても聞こえる」と言われてますから。
でも、なんでこんなに勝てるようになったのでしょう? エディ・ジョーンズ ヘッド・コーチの指導法が注目を集めています。このブログでも、一度取り上げましたね(自分の頭で考える)。自分の頭で考えることが、ラグビーでも大事と言われていることを取り上げました。でも、それだけじゃぁなかったようですよ。
一昨日の朝日新聞(10.31, 2015, 12版▲ p.34)に、エディ・ジョーンズさんが、ヘッド・コーチを退任する記者会見の記事が出ていました。その他のメディアにも取り上げられています(たとえは、http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/30/rugby_n_8439004.html)。
この記事によりますと、エディ・ジョーンズさんも、日本人の行動原理「出る杭は打たれる」という心の在り方との戦いがあったことが分かります。「出る杭は打たれる」は、その集団の今までのやり方に「異を唱えるもの」に対して抑圧的な原理で、権威主義的な集団の特色です。権威主義的集団は、民主主義的集団の真逆です。これは、スウェーデンでは、中学生が学校で教えてもらうことなんですね。皇太子さんが愛読しているという噂の、『あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書』(新評論,1997)のpp.45-47にでてきますから。それも、「権威主義的集団は、メンバーに対する圧力が強いのでいじめや暴力が起きやすい」という文脈で教えられてんですね。日本の学校のいじめ対策にも、このような議論が必要ですね。
また横道でしたね。議論を元に戻しましょう。エディ・ジョーンズさんがおっしゃるには、「ラグビーは自分の個性をしっかり出さないといけない」のだそうですから、「出る杭は打たれても、自分の頭で考えなくっちゃね」ということになるようです。
でも、どうしたら、自分の頭で考えるようになるかなぁ?
多くの場合は、学校では、教員のいうことを聞く「従順な」児童・生徒が「良し」とされますし、会社員も公務員も、上司のいうことを聞く「従順な」人が「良し」とされますね。すると、非常に受動的な人間、指示待ち族の人間、≪権力にとって都合のいい人間≫を拡大再生産されることになっちゃう。言葉の上では「個性尊重」などと言われても、真っ赤なウソ、個性を出せば、「出る杭は打たれる」ことになっちゃうでしょ。
エディ・ジョーンズさんは違います。「ラグビーはあつれきが想像力を生む」として、「この部分で成長したのが五郎丸。自分が考える作戦、意見を言えるようになった」と言いますね。そりゃそうですね。「出る杭は打たれる」ことを怖がっていたんでは、人の顔を伺うことは学べても、自分の頭で考えて、自分の意見を言うことにはなりません。
つまり、あつれきが、自分の頭で考えて、自分の頭で考えたことを言うことに繋がる訳ですね。それは、話し合いも生み出します。あつれきがあると、自分の頭で考えることになり、話し合うことにもなる、という訳ですね。
話し合うことが、お互いを理解しあい、新しいものを生み出し、真の協力と、真の集団の力を作り出すことになる訳です。ラグビーでも、あつれきが大事でした。それがチームの民主化に繋がり、同時にチームの力がつくことにも繋がった、ということですね。
でも、これはラグビーチームに限ったことではありません。益川敏英教授が学ばれた、名古屋大学のE研もそうでしたね。こう考えると、日本の常識では、「波風立てるな」と言われ、「あつれきは『悪いこと』」とされますが、あつれきは良いことですね。なぜなら、あつれきこそが民主化の源だからです。
今日からあなたも、あつれきの源になりませんか。