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エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

毒素を振りまきすぎのルター

2015-11-19 08:32:45 | アイデンティティの根源

 

 

 
ギャンブル依存症と「ウソのない生活」
  ギャンブル依存症。日本には536万人以上の患者がいるそうです。「クローズアップ現代」でやっていましたね。http://www.nhk.or.jp/gend...
 

 

 ルターは、魂の命に大事さに気付いたのに、その魂の命の重大性を守り続けることが出来ませんでした。

 Young Man Luther 『青年ルター』p.241の、11行目から。

 

 

 

 

 

…誰だって、自分自身の命を何よりも大事にする人など、守りたいとは思いませんからね。」キルケゴールが見たように、ルターは、内省のいろんな段階をハッキリさせることに精力を注ぎこんだんですが、その内省のいろんな段階を、ルターは詩編講義の中で、大まかに描きました。ルターは実際には、自分の数々の敵たちに対する個人的な、強い憎しみと、意地悪な気持ちに、毒素を振りまきすぎでした。特にローマ教皇に対する、強い憎しみと意地悪な気持ちに毒素を振りまきすぎだったんですね。

 

 

 

 

 ルターは、信頼そのものは快復したんですが、自分の過去にべったりの、父親に対する強い怒りや激しい憎しみを解消しきれずにした見たい。

 それが、教会の父である、ローマ教皇に対する、強い怒りや激しい怒りになって、感情転移、激しい投影を起こしちゃた原因ですね。ルターも過去が≪いまここ≫に猛烈な勢いで、湧き出ちゃいました。

 

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「悪い良心」の氾濫しているニッポン    三つ子の魂百まで  

2015-11-19 07:12:30 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
怖いからするのか? 正しいからしたいのか?
  道徳と、倫理は、似て非なるものらしい。向きが違うらしい。それってどういう意味? p222の第2パラグラフ。   ...
 

 「悪い良心」が、大手を振っている、ニッポン です。

 The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p92の、2つ目の引用から。

 

 

 

 

 

 マルクスが言うことは本当です。でもね、真理の全てでないこともまた、確かでしょう。人間は、≪いまここ≫にだけ生きている訳じゃぁないのです。過去、すなわち、人種や市民の伝統も、超自我(訳注:良心)の中で「いろんな良いこと」の中に、生きていますし、≪いまここ≫に徐々に影響を与えて、新たな変化をもたらします。ですから、過去が超自我(訳注:良心)を通して、働くものである限り、過去は人生の中で、強烈な務めを果たしていますし、経済的条件に左右されるもんじゃぁ、ありませんね(フロイト 1933 「新・精神分析入門」p67)。゛

 

 

 

 

 

 精神分析を始めたフロイトは、さすがです。過去は≪いまここ≫に、猛烈に働く場合が多いことを見抜いていたんですからね。

 今どきの日本は、その過去が、猛烈に≪いまここ≫に介入、侵入して、≪いまここ≫を打つ壊しにしていることがビックリするほど、広がっています。愛着障害だらけの子どもたち、依存症だらけの大人たち、ウソとゴマカシだらけの、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちから、お役人たち、「一流企業」「一流大学」の大の大人たち…。

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発達トラウマ障害(DTD) カウンセリングはこれだぁ その6

2015-11-19 07:06:52 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
怖いからするのか? 正しいからしたいのか?
  道徳と、倫理は、似て非なるものらしい。向きが違うらしい。それってどういう意味? p222の第2パラグラフ。   ...
 

 良いセラピストは、クライアントになれる人です。

 ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』の第13章 Healing from trauma : Owing your self 「トラウマから癒されること :本当の自分を生きること」p.214の第5パラグラフから。

 

 

 

 

 

 決定的な問いはこうです。「自分のセラピストは、私がどういう人なのか、PTSDの患者一般が必要としていることではなくて、この私が必要としていることは何かを見つけ出したい、と願っているんだ」と感じますか? ということです。あるいは、「自分は、ある診断基準に載っている一連の症状にぴったりなのか? それとも、自分のセラピストは、自分が実際やっていることを、何故やるのか? 自分が思っていることを、何故思うのか? を見つけ出す時間を取ってくれるのか?」と言う問いです セラピーは、共同作業ですから、自分が自分自身になる探検を、やり取りの中でセラピストも一緒に探検してもらうことです。

 

 

 

 

 

 何故、自分自身のなることは、そんなに良いことなの? という人もあるかもしれませんよね。それはね、いつも、自分の気持ちが、あっちに行ったり、こっちに来たりしたりして、右往左往してたら、困りますでしょ。「明日は明日の風が吹く」で、今日は課長の顔を立て、明日は係長の顔を立て…、とやってますと、場当たり的になりますから、その時は相手の顔を立てて、「波風立てずに済ませたこと」も、ぶつかり合ったり、矛盾したりする場合だってありますでしょ。だいいち、「腑に落ちない」感じが、人の顔を立てるだけだと、残る場合が圧倒的に多いでしょ。吉本隆明さんが指摘している通りです。それをゴマカシてたら、結局、「騙されました」、「心底には、納得できません」、「本当は不満です」、という感じが残ります。

 自分自身になるのは、自分を確かにさせるためです。自分を確かにさせることが、幸せになるための必要不可欠の条件ですよ。

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身体の囁きに耳を澄ませば

2015-11-19 00:01:03 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
ギャンブル依存症と「ウソのない生活」
  ギャンブル依存症。日本には536万人以上の患者がいるそうです。「クローズアップ現代」でやっていましたね。http://www.nhk.or.jp/gend...
 

 

ジョン・カボット・ジンさん。マインドフルネスで有名ですね。『大きな不幸を生き切ること』から。信頼の続き。

 

 

 

 

 

 何か腑に落ちないことがある場合、どうして自分の気持ちに誠実になれないの? どうして、自分の気持ちを安売りしたり、「どうせ、言っても無駄だ」と書いてしまうの? 他の人達が「それは違う」と言うからって。自分自身を信頼し、自分自身の根源的な叡智と善さを信頼するという態度こそが、瞑想をやるうえで何よりも大事です。特にヨガではそうですよ。ヨガをやる時には、自分のいろんな気持ちに誠実でなくっちゃね。特に、身体を伸ばしている時に「止めて」だとか「下がって」だとか、身体がささやく時には、そうですよ。あなたがもし体の囁きに耳を傾けなれば、自分自身、怪我をしますね。

 

 

 

 

 

 静かさが大事ですね。身体の囁きを聴くために。

 

 

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