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エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

「正しいこと」を振り回さないでね

2015-11-13 08:23:31 | アイデンティティの根源

 今朝の光

 

 
黄金律の不思議
  世界のメインテナンスにも、やり取りが必要なようですね。 p220第2パラグラフ。    &nb...
 

 ルターは、まず、心が変えれたからこそ、宗教改革ができたと分かります。

 Young Man Luther 『青年ルター』p.240の、6行目途中から。

 

 

 

 

 

しかし、ルターの宗教改革は、プチプル的な楽観論に道を開きました。ルター神学は、ルターの心の体験や本気になった気持ちをハッキリ示すことに基づいていました。すなわち、ルターの影響は、長い目で見た場合、「正しいこと」がユーモアに欠けていて、ダラダラと言葉を継ぐ語り口を助長しました。ルターの大事な心の泉は、祈りの中で語られる聖書の御言葉でした。

 

 

 

 

 ルターは心から変わることができました。でも、その心躍る体験も、「正しさ」の中に危ういものになってしまった訳ですね。「正しいこと」は、「悪い良心」に悪用されると、自分も人も虐待(=悪用)することになりますから。

 子どもに「正しいこと」を押し付ける親や教員を目の当たりにするたびに、「正しいことを振り回さないで」と言いたくなります。

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「光」、目指してる?

2015-11-13 07:31:09 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
解散風とホラ吹き
  解散風をホラ吹きが吹かせていると言います。 良かったと思います。 徹底的に「NO」を言うチャンスだからです。 私が思う争点とすべき点をいくつか記し...
 

 

 ウソとゴマカシのない、惜しみない献身的な仕事ができれば、倫理的絆が生まれ、主権者が連帯できます。民主化に向かう社会の実現です。しかし、今の日本のようなウソとゴマカシだらけの社会が出来るのは、自己中心で「自分が得することしかしない」「すべて銭勘定」という、卑しい仕事ぶりが蔓延っているからだ、と言えませんか?

 The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p91の、第2パラグラフから。

 

 

 

 

 

 世界に対するイメージは、結局、ひとりびとりの人と共に成長しなくちゃならないものですね。世界に対するイメージは、世代が代われば、新たなものにならなくちゃぁならないからです。私どもはこれまでのいくつかの章を、振り返ることができますが、それは、いろんな器官の働きから、姿勢や感覚までであったり、人生のお決まりの危機や、対人関係が心理的に発達しないことまでであったり、いろいろです。このように、ひとりびとりの≪私≫は、赤ちゃんの頃に身体が体験したことから発達するものですから、しかも、それは、私どもがナルシシシズム、すなわち、「自己愛的」と呼ぶ赤ちゃんのころの本能的な発達から、発達するものでもあるのですけれども、この宇宙の中で、どっちの向きに生きていくのが善いのかという(訳注:アンパンマンマーチの中で「何のために生まれて、何をして生きるのか」と謳われている感じ)感じをわずかながらでも感じるようになれますし、同時に、分かち合うこともできるようになります。

 

 

 

 

 

 大事なところですね。客観的な事実をいくら教えられてもね、この宇宙の中で、どっちの向きに生きて生きていったら善いのか、オリエンテーションの名の通り、光に向かって生きるのか? それとも、銭勘定、自分の眼先の損得勘定にしがみついて生きるのか、眼には見えない、この選択が、人生ばかりではなくて、社会の在り方そのものも変えてしまうからです。

 

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「パートタイム政治参加」 vs 日本人の長時間労働

2015-11-13 02:17:39 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
人を大事にする可能性
  現実には、資本主義の原理と人を大事にする原理が両立するかもしれない、と言うのがフロムの主張のようです。 p122の3行目から。 &nbs...
 

 丸山眞男教授によれば、民主主義は、主権者である一般市民が「パートタイム政治参加」することによって、成り立つものだ、と言いますね(たとえば、http://d.hatena.ne.jp/cangael/20140807/1407364012)。主権者である私ども市民が、国会、都議会、市議会などを監視していかなくてはなりません。でも、私どもは、四六時中政治に関われるわけではありませんし、政治で給料をもらっている訳でもありません。ですから、仕事や勉強の傍らの「パートタイム政治参加」にならざるを得ません。丸山眞男教授に言わせたら、やはり「パートタイム政治参加」は、「厄介」なことです。しかも、丸山眞男教授は、「デモクラシーの考え方はパートタイム政治参加です。つまり大部分は職業政治家じゃない国民の。人民主権という意味は、大部分は職業政治家じゃない人民が政治についてね、最後の発言権を持つという考え方でしょう。アマチュアが、知らねぇやとシラケちゃうと、政治なんて関係ねえやということになったら、民主主義はおしまいです」と言いますね。

 ところが、日本人は長時間労働が当たり前でしょ。法定労働時間という、一日8時間(週40時間)労働という、法律で決められている働き方をすると、非難される場合が少なくありません。民主主義の基礎をなす「ワーク・シェアリング」を知らないからですね。超過勤務をしたら、本来もう一人の人が、失業者から就業者になれるかもしれない可能性を、奪っていることになりますよね。超過勤務することが、主権者の連帯を打つ壊しにするものなんですね。しかし、会社と言う集団を超えられない心の在り方のままですと、むしろ、超過勤務しない方が、「裏切者」扱いになっちゃいますね。しかし、超過勤務をすればするほど、丸山眞男教授が教えてくれる「パートタイム政治参加」ができなくなっちゃいます。

 私は、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちが、非正規雇用労働者を増やして、主権者を、正規雇用労働者と非正規雇用労働者に二分して、対立させる「分割統治」、「分断政治」をしていると指摘してきましたが、それだけじゃぁありませんよね。主権者が「パートタイム政治参加」することを、しにくくするために、長時間労働、ただ働き超過勤務を強いるような制度を作ってんですね。悪質ですね。

 私どもは、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちの、狂気の政治、おバカなハカリゴトから、私どもの「人間らしい暮らし」、「人間として正しいこと」=人権を守るために、話し合いを大事にするとともに、法定労働時間を順守する働き方をしたいもですね。そして、アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間たちが、おバカが出来ないように、シッカリと監視してまいりましょう。

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愛着障害のカウンセリング これだぁ!

2015-11-13 01:09:19 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
黄金律の不思議
  世界のメインテナンスにも、やり取りが必要なようですね。 p220第2パラグラフ。    &nb...
 

 

 

 発達トラウマを抱えた愛着障害の子どもは、いくら身体を鍛えても、いくらお勉強を教えても、それは砂上の楼閣です。愛着障害の子どもに対するカウンセリング、愛着障害の子どもに対するセラピーは、ヴァン・デ・コーク教授が教えて下さっているように、陽気で楽しい遊びを、≪約束≫に基づいて、≪共にする≫ことです。

 ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』の第13章 Healing from trauma : Owing your self 「トラウマから癒されること :本当の自分を生きること」p.213の第4パラグラフから。

 

 

 

 

 

 人と人の繋がり、人と人が心を響き合わせることは、身体をコントロールする源ですが、その人が近くにいると思うだけで、「打たれるかもしれない」、「裏切られるかもしれない」、「捨てられるかもしれない」と怖くなる場合も多い。この場合、恥ずかしさが重要な役割をします。すなわち、「私の真の姿を知られたら、ひどい奴だ、不愉快な奴だと思われちゃう」と思ってることが悪さをします。トラウマが癒されないまま、ホッタラカシにされたら、いろんな人間関係に支障をきたします。大事に思っている人からレイプされて、心傷つけられたら、傷つけられたくない気持ちで心一杯になりがちですし、初めての人に心開くのが怖くなっちゃうでしょ。実際、初めての人達から自分が傷つけられる前に、知らないうちに人を傷つけようとしているかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 発達トラウマを抱えた愛着障害の子どもは、「打たれるかもしれない」、「裏切られるかもしれない」、「捨てられるかもしれない」と怖くなる、とヴァン・デ・コーク教授は言いますね。これが「サバイバル脳」とヴァン・デ・コーク教授が言う脳になってる状態の、子どもたちの反応です。

 こういう子どもに対しては、 安心・安全を提供することが一番大事です。ですから、発達トラウマを抱えた愛着障害の子どものカウンセリングの第一歩は、「叱らない」「怒らない」人間関係なんですね。愛着障害のカウンセリングは、「良い良心」の大人しかできない、と相場が決まってます。

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