いよいよ桜の季節ですね。
皆様お花見の計画は立てましたか?
24日の多摩川べりの桜です。
23日は咲いている花を見つけるのが大変だったのに、一日で一気に開花。
これからは あちこちで桜情報が飛び交い、忙しい1週間が始まります。
(初々しい桜)
先週金曜日22日に夫が退院してきた。
病名は食道ガンのⅠ期。
幸いなことに内視鏡手術で摘出でき、5日間の入院で済んだ。
息子の結婚式の前日、市の健康センターに一日ドックに行ってきた夫がショボンとしている。
「ガンだって」
「エッ」
そんな~。健康チェックに行っていきなりガン宣告?
軽いガンなら友人も、友人の夫も、義弟も、かかったことがあるので、「ガン」自体には「来たか~」という感じで驚かなかった。
治療法も確立しているし、二人に一人がかかる時代だしね。
けれど、検診のその日に宣告され、細胞診のため細胞を取るまでやるなんて重いのでは?と不安になった。
胃カメラの画像を見せてもらうと、何やらべっとりと、ある所ではギザギザに、食道の内部が覆われている。
カメラの性能が良いのでリアルなガンが映し出され、重いのではと不安になった。
悪い事に結婚式の前日なので、娘が泊まり、息子達も夕食を食べにやって来る。
夜はお肌の手入れもしたいし、睡眠不足は大敵。
でもそんなことは吹っ飛んだ。
今、その日に息子達に何を食べさせたか覚えてないし、式場に行ってからの記憶しかない。
落ち着いていると思っていたが、結構動揺していたらしい。
それからの行動は早かった。
3日後に、検診センターの医師から、細胞検査の結果は出ていないけど、ガン確実と言われた。
医師は重くはないと言っていたが、不安は収まらない。
その日に医師から紹介状を書いてもらい、私が治療したガン専門病院の予約を取った。
そして、2度の診察で、軽いものと言われた。内視鏡で取れるそうだ。
今までガンで苦しみ、次第に重くなる方々を沢山見てきたので、心からホッとした。
ちなみにガンの進行具合は ステージⅠ期、Ⅱ期、Ⅲ期、Ⅳ期に分類される。
Ⅰ期・・・ガンが表面の筋肉層にとどまる。
Ⅱ期・・・筋肉層を越え、広がっている。
Ⅲ期・・・リンパ節にも転移。
Ⅳ期・・・他の臓器にも転移している。
18日に入院、その日の午後に手術。
手術後夫はグッスリと眠っていたので、目覚めを待って帰宅した。
夜、担当医と話が出来たようで、lineで「全部とれた!!」と報告がきた。
流石にこの日はぐっすり眠った。
19日は娘が会社を休みお見舞いに来た。
その前に豊洲市場で、二人でランチ。
有名なお団子。あんこも団子も全部美味しい。
丼匠(どんたく)でランチ。
「お見舞い替わりよ」と娘におごってもらった。
病人は夫なのに?と言うと 「ご苦労様の気持ち」と言われた。
(市場の屋上から見た景色)
皆さま、胃カメラは大事です。
食道ガンは、飲み込みにくくなったり痛みが出てから気づくことが多いらしい。
健康診断では胃の検査はするけど、特に食道の検査はしない。
今回たまたま胃カメラ検査をしたから食道ガンがわかったのであり、通常は症状が出てから気が付く。
ここ2年ほどはバリウム検査のみだったので、ガンがわかったのは、良かった、ラッキーだったと言うしかない。
これでガン本人の気持ちと、患者のそばにいる人の気持ちを経験したことになる。
本人は勿論辛いが、そばにいる人間も自分が何もできない分、もどかしさが増すと思った。
禍福はあざなえる縄のごとし・・・・実感です。
私達夫婦、今まで何回かの大腸内視鏡検査で、夫は6個、私は8個のポリープを取っている。
大腸のポリープはガン化する。
私達夫婦、二人ともガンになりやすいタイプかも知れない。
これからもきちんと検査を受けなければ 油断大敵
今、気が引き締まる思いで暮らしている。
夫はまだ「おかゆ」ですが、外出もし、徐々に元気になっています。
しばらくお休みしていました。
12月前半は目の静養のため自宅。
月半ばから忙しくなり、クリスマスはノンビリと思っていたら、息子達が来ることになり、急遽クリスマス鍋パーティ。
鍋に息子達持参のシャンパン、まぁ、料理をする暇もなかったけれど、こんなクリスマスもアリですね。
13日 午前中はムンク展へ。
十数年前の展覧会で「叫び」を見ているが、今回は前回とは違うものが来た。
「叫び」は全部で4点あるのだそうだ。
午後は神田に出て、JR・大人の休日クラブ主催の隈研吾の講演会に行った。
新国立競技場と、新駅、高輪ゲートウェイ駅の設計で、今最も注目されている建築家。
前日モロッコから帰ったばかりだそうで、世界からもオファーが多いそう。
話を聞き、人気の秘密が分かった気がする。
偉ぶらない(司会の残間恵理子氏によると、ヨレヨレの服着た、普通のおじさん)
地域の環境、特性を重視して設計。
人の話をよく聞く。
地域に残る材料、技術を大事に、建築に取り入れる。
沢山のスライドを見ながらの話だったが、人の心にスッと入ってくるような抵抗感の無い建築家だった。
新国立競技場も、高輪ゲートウェイも完成が楽しみだ。
14日 鎌倉でカイロプラクティックの後ハイキング(前回のブログ)
15日 ラッシーママさんからのお誘いで宮内庁の美術展へ。
関係者だけしか入れない美術展だそうで、お誘いが無ければ一生体験できない事だった。
ラッシーパパさんと行くはずが、なぜか私にお声をかけて下さって得難い時を過ごした。
寒くもなく散策日和。
皇居坂下門から入る。右に屋根が見える建物が宮内庁庁舎。
春秋に行われる 乾通りの桜と紅葉の通り抜けの時に、左側に見える建物3階で行われる。
通り抜けの時に、この建物の中に入りたいとずっと思っていたが、そんなチャンスが来るなんて、考えもしなかった。
美術展は、宮内庁に働く職員と、各宮様方、天皇ご一家の作品が展示され、関係者が静かに見ていた。。
写真、絵画、手工芸、書道、生け花、変わった所では、12単衣の着付けの復元。
天皇皇后は歌会始の和歌を展示され、その前で記念写真を撮る方達が多く、人だかりしていた。
その後、建物内を見学。
写真を公開できないのが残念。
宮内庁の古い建物なので、日本文を感じさせる趣ある部分が多いのかと思ったら、
意に反し、質実剛健、無駄が無く質素。
古い建物を手入れ良く大事に使っており、古いにもかかわらず清潔で、静謐な感じがした。
部屋の名称は黒い板に白字で書かれていた。
その一つは「文書複写室」。 今は「コピー室」と言いますよね。
古めかしい名称が、建物とよく似あっていた。
地下に売店があり皇居のオリジナルグッズ&お菓子を売っていた。
食堂で一休み。ラッシーママさんから、今年の出来たばかりの干し柿を頂いた。
いつもより小ぶりでしたが、コクがあって美味しい~。
帰りは坂下門から大手門へまわり、日本庭園へ。
まだまだ紅葉が残り、都心の静かな公園を二人でのんびりと散策した。
天気も良く、素敵な一日でした。
ラッシーママさん貴重なお誘いありがとうございました。
ラッシーママさんのブログが楽しいので、こちらもどうぞ。
17日 形成外科T先生に、瞼の出来を確認して頂いた。
「違和感なくなりましたね~」と嬉しいお言葉。
可愛くなりましたね~とは言われなかったけれど、違和感なしは、私にとって最高の誉め言葉。
手術から11年10か月にして「普通の目」を手に入れた。\(^_^)/
この病院にいると落ち着くので、コーヒーを飲んで休憩。
お昼をどこで?と考え、豊洲市場が浮かんだ。 近いのです。
セリの見学通路からセリ場を覗く。
昼時なので勿論セリは終了していた。
そばにいる警備員に聞くと、朝5時からセリ見学ができるそうだ。
家を3時に出なければ見られないし、電車もない、無理ですね~。
豊洲市場の屋上緑化。 散策が出来る。
本日のお買い物。
上の方の新ノリがパリパリで美味しかった。
卵焼きは650円と800円があり、同じ大きさ。
店のおじさんに聞くと、材料も焼き方も同じ。
ただし値段の高い方は焼き一筋50年の職人さんが一人で焼いている卵焼き。フワフワ感が違うらしい。
そう聞いたら800円の方を買いますよね。中まででフワッとしていて美味しかった。
そうそうランチは、お寿司類はかなり並んでいて入れず、大正10年創業のカレー店で、シーフードカレー。
エビ、イカ、ホタテ、アサリがゴロゴロ入っていた。カレーは外であまり食べたことがないが、これは大正解!
最近都心や遠くに用事のある時は、近くに楽しい所があれば 寄り道する事にしてます。
一粒で二度おいしい・・・・太極拳の仲間から知恵を授かりました。
動かないと体力無くしそう・・・・ふらりと日野市の高幡不動尊に行ってみた。
思いがけず紅葉真っ盛り。2日の日曜だったので、そこそこの人出。
12月だというのに、七五三の可愛い女の子たちもチラホラみかけ、紅葉と相まって、境内は華やか。
裏山も綺麗。
この山には山内八十八か所という、四国の札所に対応した仏さまがいらっしゃる。
山を1時間ほど歩くと四国八十八か所を廻ったのと同じご利益という、まことに簡便なお遍路が出来る。
今病弱(笑)なので、健康を願ってお遍路してみた。
1番から10番ぐらいまで仏さまに手を合わせると、全部手を合わせてみたくなり、88番まで廻ってしまった。
ずっと歩いてなかったので、仏様効果もあり、実にスッキリした。
大日堂の前に88番の仏様がいらっしゃる。
思いつきで一人で行ってみたが、疲れもせず、気分爽やか。
この日は12000歩ほど歩いた。
昨日3日はいよいよ抜糸
治療室に入ると手術して下さったT先生と違う先生がいらした。
手術の時助手をしてくださった先生だ。
「瞼はデリケートな部分だし、細い糸で縫ってあるので抜糸少し時間かかりますよ~」とおっしゃる。
眼の縁がパチッ、チクッとするくり返しが始まる。
「大変な手術しましたね~」ともおっしゃる。
自分ではそんなに大した事とは思っていなかったが、確かに細かそうだ。
眼の縁を切り、筋肉にしっかり縫い付けてあるゴールドプレートの糸を切って外し、プレートを目の形に曲げ、
さらに上の方にプレートを縫い付け、表面を閉じる。
「目の形が良くなりましたね。可愛い目になりました」
先生、若いのにお口が上手
気になっている目の事をこんなにも大事に扱って下さって、とても嬉しい。
最後に
「再来週、担当のT先生に仕上がりを見てもらいましょう」ですって。
仕上がりという言葉がなんとも可笑しくて、笑ってしまった。
ここの病院の形成外科の先生、皆優しい。
部長のS先生(私の元担当)の薫陶のたまものでしょうか。
こんな手術ができるのも東京にいる有難さだと思っている。
様々な事情で、形成外科の手術が出来ない方も沢山いらっしゃると思う。
でも顔面マヒの情報が少ない中、こんな方法でこんな手術をしたという情報を流していくのも何か役立つかもしれない。
そうそう、形成外科手術も健康保険が効くのですよ。
瞼がチクチクし、熱を持っているようだが、今日は歯医者。
形成外科と歯医者通いで忙しいが、完治まであと少しです
久々の後遺症カテゴリーの記事です。
お顔の手入れ・・・・と言ってもクリームやマッサージではないのよ。
私の場合手術です。顔にメスを入れます。
瞼に入れている3gのゴールドプレートが、皮膚を破って飛び出しそう・・・・と、気が付いたのが1か月前。
(自力では瞼が閉じないので、瞼に錘を入れている。本物の金)
何かの拍子に手が瞼に触れると、プチッと音がして今にも破れそうな痛みを感じる。こわ~!!
これは危険と、早速ガン治療と形成外科治療をした病院に電話をし、診察。
瞼の皮膚が、経年変化で薄くなっているとの事で、錘をより上の方に入れ直す事になった。
26日に手術決定。
今回の手術には2つの不安があった。
一つ目は、最近下瞼を縮める小さな手術はしたが、久々の グサグサ感のある手術が少し怖かったこと。
大きな手術も耐え難い痛みも経験しているので、それと比べれば小さな手術なのだけど、
久しぶりなので珍しく怖気づいた。小さな手術でも痛いのは嫌
今年の春の検診で、破けそうなので今年か来年手術しましょうと言われていたが、ギリギリまで延期しようと粘っていた。
そのギリギリが思ったより早く来てしまった!
二つ目は、今まで11年間私の顔を見てくださった先生が外来診療をやめてしまった事。ショック
去年の検診時から、ご病気を抱えていらっしゃる様子に見え、心配していた。
何かあったのかしら?気になる~。
滅茶苦茶な顔の時も「喋らなければ普通に見えるように治す」と自信をもって言って下さり、
私に希望を与えてくださった。
その後数年かかったが、その通りに治療して下さり、、今、気負いなく、普通の生活を取り戻している。
どんなに感謝しているか、計り知れない。
診療の時、看護婦さんに先生の病状をしつこく聞いてしまった
特に病状が酷くなっていたわけではなく、負担の多い外来をやめただけと聞き、安心した。
それで、若い先生に担当が替わったが、まだ信頼関係が出来ていないので不安。
顔、それも目なのでまた容貌が変わってしまわないかと不安。
落ち着かない日を過ごしていたが、ナント手術前日の日曜日、猛烈な歯痛に襲われた。
頬が腫れて痛い。次の日は瞼の手術。
歯の治療を先にするか?瞼にするか?究極の選択だ。
瞼の手術をすれば痛み止めを貰えるのを唯一の希望にして、次の日病院に向かった。
月曜日、手術の時間が遅れ、2時半の予定が、4時開始。
先生2人、看護婦さん2人、部分麻酔で正味1時間半の手術。終了6時。
緊張と昼から飲まず食わずだったので終わった時はフラフラ。
先生が最後に、
「手術前よりキュートな目を目指したんですけどね~。以前の傷跡が思ったより固くて思うようには行かなかったナ~」と。
そう、瞼の同じ所を切るのは3回目なのです。
容貌が悪くならないように配慮して下さったようで、
この先生も患者の気持ちを汲み取って下さる優しい先生だと確信。
これからはこの先生を頼りにしようと思った。
現金なもので、手術が終わったとたん、すべての不安が消し飛んで、さ~、次は歯医者に行くぞ~という気分になった。
火曜日は歯医者。
日、月、火、水曜日と、目と歯にかなりの痛みを抱える日を過ごした。
そして、昨日から痛みも腫れもひき、目も普通に開くようになった。
ずっと家に引きこもっていたため、体力を落としたので、まずは散歩から始めた。
そして今日は久々に電車に乗って外出した。
病院通いは続くけど、回復しました
あっという間の桜、今年は満開が2日ほどしか無かったのでは?
咲いたと思ったらもう散ってしまいました。
2日、散り際の多摩川、妹と姪っ子が子供3人を連れて遊びに来ました。
我が家の近所の多摩川べりには、子供が喜ぶ遊具があり、3人とも大興奮。
3時間、タップリ遊んで帰りました。
下の二人は帰りは遊び疲れて帰りの車でグッスリだったそうです。
小学2年生の上の子は多摩川に興味を持ったようで、小道をたどり、草をかき分け、砂地を歩き、
川べりまで連れて行くと、ずっと小石投げをして遊んでいました。
大人しい子ですが、小さな冒険がよほど楽しかったのか、帰る時もずっと私に手を振ってくれました。
私はタケノコのちらし寿司とから揚げ、サラダを作り、
ちらし寿司嫌いかもしれないと、焼きそばも作り、いやはや子供たちに気に入ってもらおうと必死でした。
外国に住んでいるので普段は会えないのですが、こんなにニコニコ楽しんでくれると本当に嬉しいわ。
自分に孫はいないけれど、よそのお子さんで楽しませてもらっています。
良いとこどりで、責任無くていいわ~。
3日夕方歯医者に行き、1年ぶりに定期検診と歯のクリーニング。
歯科衛生士がクリーニングを行った後、先生が検診して下さる。
終わった後、先生が「口、柔らかくなりましたね」と言う。
いつもは左側の口端が硬くて、ギュッと引っ張って奥歯を見るのだが、今日はスッと口端が動いて
奥歯が見やすかったそうだ。あまりの変化にビックリされたようです。
ここ2年ほどで左側の血流が良くなったのは感じていましたが、よその方に指摘された事はありません。
カイロプラクティックはもう4年続けていますがこんな形で効果を指摘されるなんて私もビックリ!!
手術から10年以上たってから良くなるという事もあるのですね。
顔の左側、常に重く鬱陶しいと感じていましたが、そういえば最近は重さを忘れています。
動かないのは変わりありませんが、以前よりずっと楽になっています。
良い事が2日続けてありました。
東海道箱根越え・・・・・なかなかブログアップ出来ないわ~。
1週間前の 近所のハクモクレン
花の季節、我が家の庭にもラッパ水仙、ゆすら梅、福寿草、3色スミレ、などがそっと咲いています。
そして大敵の花粉症も今が盛り。
ずいぶんご無沙汰していました。
3月初めごろはお出かけしていましたが、その後は花粉症も出たので家の中でひっそり暮らしています(嘘だ!と言う声アリ)
何をしていたかと言うと、和裁(袖裏の交換、なんと3日もかかった)、映画(14時20分発、Paris行き、良かった~)
府中郷土の森散策、世界遺産についての講座2回出席・・・・など。
そうそう、携帯が壊れて意気消沈。
自分が悪いのです。何回も落とし、アラ大丈夫だわ、結構丈夫と思っていたら、ある日液晶画面が剥がれた!!
修理の補償に入っていたので、聞いたら、なんと修理に1か月から2か月かかると言われました。
そんなの困る!!修理保証なんて意味ないジャン・・・
皆様、スマホは頑丈なケースに入れて使いましょう!!(落とすのは私だけかしら?)
3月14日、11年目の検診でした。
形成外科・・・・瞼の錘にかぶさっている皮膚が薄くなって、錘が飛び出しそうになっていると言われた。
目をこすらないようにと言われたけれど、アレルギーで目が痒い。必死でかゆみ止めの目薬さしてます。
来年はまた瞼の錘を入れ替える事になりそう。
全幅の信頼を寄せている形成外科の先生は、去年から元気をなくされている。
神経再建と乳房再建が専門の先生ですが、私以外にも精神的にも先生を頼りにしてる方が沢山いらっしゃると思います。
元の様に、元気になられますように。
頭頸科・・・・もう来なくていいと言われるかと思ったら、形成外科に来るなら、来年も検診しましょうとの事。
病気は全快しているので、これからは舌ガンとか、口の中ガンの検診をするそうです。
有難い事です。私はたぶんガンが出来やすいのかも。
昨年の大腸検査でポリープを3つ取りましたが、そのうちの一つは悪質なガンの芽で、明らかにほかのポリープと違っていた。
1年後検査だったら恐ろしい事になっていたと思うとゾッとする。
皆様がん検診はお忘れなく。
最近読んだ本
庶民の着物覚え
図書館から借りた。 普通の主婦だった方が、着物と染色にのめりこみ書いた本。
日本の布に造詣が深く、驚くほど丁寧に詳しく書いてある。
着物姿の写真や染の写真も楽しい。
総理の夫 原田マハ
ビオラさんのブログで紹介していたので読みたくなった本。
40代初めの女性が総理になるという現実にはあり得ない話だが、政策にはすべて納得する。
こんなことを考えている政治家がいれば日本はもっとよくなるのに・・・・
サイコパス 中野信子
100人に一人はサイコパスと言われる人々がいる。
特徴は 人の考えていることを理解しようとせず(理解できない)独断、冷酷。など。
マイナスの場合・・・・犯罪者に多い。
プラスの場合・・・・独断先行型のリーダーシップを発揮し、なくてはならない人となる。
日本人でいえば織田信長。容赦なく人を責め、敗者には過酷。
外国では毛沢東。容赦のない改革、たくさんの妻を持ちながらも、離れれば冷酷。
このプラスのサイコパスは、危機に陥った時に今までの因習とらわれずに改革を断行できるという特徴がある。
人類の歴史にはこの強力なリーダーシップを持つサイコパスを必要とする場合もある。
勤めているときにどうしても理解不能の上司がいた。
人間的な感情が感じられず、ロボットのようだった。
リーダーシップは無かったが、この本に当てはまる部分が多い。
彼もサイコパスだったのかもしれない。
思いの軌跡 塩野七生
この方の本は沢山読んでおり、歴史上の人物が目の前で躍動する感激をいつも味わっている。
でも、悲しいかな、登場人物の名前が全く覚えられない。
ローマの皇帝の名前などがスッと出てくるような記憶力を持ちたいといつも思う。
僕らの歌舞伎 葛西聖司
10代、20代、30代前半の、これからの歌舞伎を担う15人との対談集。
勘九郎、七之助世代の後に続く世代。
浅草新春歌舞伎に2015年から出演している。尾上松也、中村歌昇、坂東巳之助、中村壱太郎など。
「伝統芸能の力、日本文化の誇りを是非15人の真摯な言葉から汲み取ってほしい。」・・・前書きより
作者はNHKの元アナウンサーで、「日本の芸能」の元司会者。現在は古典芸能解説者。
友人から借りたのだが、もう面白くて♪
全員が歌舞伎の家に生まれ、幼いころから歌舞伎に触れてきたという特殊な生い立ち。
家の芸として、自然な流れの中で素直に演じているのかと思ったら、
それぞれが葛藤を抱え、試行錯誤や、常に挑戦している。
家に胡坐をかかず、芸の精進に励む姿が清々しい。
同世代の若者に比べ、苦労している分だけ表現する言語も豊富。
そして全員が今は歌舞伎が好きと言う・・・・・頼もしいではありませんか!!
若者の歌舞伎が好きで、毎年正月の浅草に通っているが、ますます彼らが好きになった。
最近の着物
ブルーの沖縄紅型は、立川G店で購入。紅型の美しさに目覚めた一枚。
サイズが違うので、洗い張りし、仕立て直しを頼みたいと思いながらもそのままになっている。
11年ぶりに着た。今まではこの着物に迫力負けしていたが、太ったため、また着られるようになった。
太るのも、良い場合がありますね。
いつか娘サイズに直して、着続けてもらいたいと思ってます。
疾走!!
乗っているのは透明人間?(笑)
こんな新緑に道を通り、
やってきたのは
神代植物公園のバラ園
バラ見物は癖になりますね。
先日鎌倉文学館でバラを見たら、久しぶりに神代植物公園に行って見たくなりました。
45分かけて自転車で。
さすがに坂道はきつかった~。
混ぜご飯のお弁当をバラの見えるテラスで食べ、疲れたので、ひたすらボーッとしていました。
そしてあまり写真も撮らずバラの香りに包まれながら、ダラダラとバラ園を歩き、ベンチで休むの繰り返し。
説明も読まなかったわ~。
ピンクのバラの中は小屋になっています。
スチールのガーデンチェアーが置いてあり、バラ姫になった気分でパチリ。
老いも若きもパチリパチリ。私もそっと入ってパチリ。
アラだんだん元気になってきたわ。
水連の池。 目の覚めるような新緑の中にピンクの花が真っ盛り。
帰り道は少々ふらふら・・・・でも、日常の中のちょっとした冒険というのも楽しかったわ。
下瞼その後
皆さま、心配して下さってありがとうございました。
あまり経過を書かなかったのですが、2日にお台場の病院まで行き、経過を見てもらいました。
目じりの皺に沿って2センチほどの傷があるのですが、ほとんど気が付かない程度に回復。
これで終了との事でした。
友人に言わせると目の形がすっきりした、自然になったとの事です。
涙は完全に治まったわけではありませんが、以前と比べればだいぶ楽。
最初の手術後は壊れた顔でしたが、よくぞここまで普通に近くなったと改めて思います。
これも良い先生方に出会えたからですね。
今回もお若いのにとてもお上手な先生でした。
私運がいいわ~(^^♪
明日から3日間、留守にしますので、コメント欄は閉じますね。