気まぐれ日記☆着物の小部屋

2007年耳下腺癌の手術で顔が変わり、生活が一転。街歩きと着物と芝居のブログをどうぞ宜しく♪

病院シリーズ Ⅰ 問視触聞

2007-11-17 14:10:45 | 病気・後遺症
 下まぶたの内側も縫っている様で、
まだ左目がゴロゴロしています。
皆さんのブログ、ゆっくり拝見できなくて残念


 一昨日の日経新聞、1面のコラムに「問視触聞」と言う言葉が出ていました。

内容は・・・
最近顔も見ず、体に触れもせず、検査結果のデータと
にらめっこしている若い医師が多くなっている。
医師も患者も忙しい昨今、時間をかけて問診、視診、触診、聴診のは
難しいかもしれない。
ただ、私たちは心を持った生き物である。
話しかけられ、見られ、触られ、聴いてもらうことで
癒される人も多いのではないだろうか。

 同感です
私自身デリケートな顔の問題を抱え、
医師たちがおざなりな対応だったら、
きっと、心の傷を抱えてしまい、
こんなに明るくは暮らせなかったでしょう。
誠実な対応をして下さった先生方に感謝の念が湧いてきます。



<対応その1>
 2月に入院し手術方法、後遺症などの説明を受け、全て納得したが、
どうしても顔左側が顔面麻痺で永遠に失われることが悲しく、
手術の前前日病室で先生に食い下がった


私「仕事をするには顔が命なんです!何とかなりませんか!!
  神経切らずに出来ませんか?」

先生「説明のとおり、切らないと手術が出来ません。
   顔の再建には動的再建(神経移植が出来る)と静的再建があり、
   ☆銀河☆さんは動的再建は出来ない。残念ですが・・・」とキッパリ。

でも・・・泣きはしないがまだもやもやしていた。
数時間後・・・・
先生が一緒に手術に関わる、同じグループの先輩医師を連れてきた。
耳の裏に出てきている腫瘍の部分に触れ、

  「この真下に神経の束があるので、切らないと手術ができない」

とこれまたキッパリと断言。そばで担当の先生が頷いていた。
担当の先生は私が聞いた時キッパリ駄目と断言していたので、
それでお終いかと思っていたのだが、
仲間の先生を連れてきて再度確かめてくださるなんて感激した
私を穏やかに納得させるためだったのか、
先生自身がほかに方法がないのか確認したかったのかは不明だが、
私の問いかけに対し、誠実に考えて対処して下さっているのがよくわかった


 これで色々あきらめもつき、
これからは今までと違う人生になるだろう事を納得して手術に臨む事ができた。
納得して手術したのと、もやもやを抱えて手術したのでは
ずいぶん違ったと思う。


<対応その2>
 手術後3ヶ月位してから「そろそろ形成の先生に見てもらいましょう」
ということになった。

初めての形成外科の診察のとき、
担当医師は今までの実例写真を沢山見せ、
「あなたも黙っていれば、普通に見える程度に治せます」と断言した。
私にとっては救いの言葉だった
 
そして、「顔は大事です。病気は病巣が取れればいいというものではない。
病気をして命を救われた人にも、顔を治す権利がある!」と言われた。
この先生、顔を失った者の気持ちがよくわかっている。
嬉しかった。
病気が治ったのを良しとして、顔はあきらめようと
自分自身を納得させていたが、
全てこの先生にお任せしようと思った。


<その3>
 今週15日の水曜日は退院後初めての形成外科の診察だった。
まだまだ顔は腫れている。
先生私の顔をじっと見て、

先生「ん~ん!惜しい、あと1cm!!」 と言いながら

   私の左側の口元を触り、引っ張り上げた。

私「先生これで私充分満足な顔ですよ」

先生「形成外科の医者としては、完璧を目指すものなんです。惜しい!」

そして
先生「私の技量が足りなかったなぁ~。すみませんでした。
   でも腫れが引くともっとよくなりますよ。
   楽しみですね。」 とおっしゃった。

先生も職人さんなんですね。
常にベストを追求している。
そんな先生の手術していただいてとても感謝しています。



 ほかにもいろいろな場面で自分自身が救われていたのを思い出します。
医師たちの対応が悪かったなら今の明るさはないでしょう。
顔が曲がった状態であっても積極的に活動できたのは、
心に傷を負わせないための医師たちの配慮の賜物と思っています。


この項続く・・・・
コメント (3)
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