女子レスリングすごいっすね〜。
三階級すべて金だなんて......( ̄O ̄;)ほへ~。
これで吉田沙保里さんも金だったりしたら......
監督でもありコーチでもある、
ツルピカヘッドの栄和人(さかえかずひと)さんもとても嬉しそうで。
選手の幾人かは吉田沙保里さんのお父さんの教え子でもあったらしく。
今は亡き吉田さんのお父さんの力もとても強く感じたりしました。
しばらく低迷していたシンクロナイズドスイミングも
乾さんと三井さんのペアが銅メダル。
とてつもなく厳しいことで知られる女性ヘッドコーチの
井村雅代(いむらまさよ)さんが離れてからは
ずっと低迷していた日本シンクロ界でしたが、
その井村さんが代表コーチに復帰して早々のメダル獲得。
その手腕にはとても感じ入るところがあります。
柔道でも、実は、
監督の井上康生(いのうえこうせい)さんの男泣きの映像に
一番ウルウルときてしまいました。
こちらも前回大会でドン底まで落ちてしまった日本柔道界を託され、
今大会は見事に!
立ち直らせたその手腕と実績とは尊敬に値することだと思います。
アノ涙には......いろいろな思いと苦労が詰まっていたのでしょう。
とてもカッコ良かったっす。
卓球も男女ともに感動的だったし、
スポーツの良い所が沢山見れて。
スポーツ嫌いな人にはあまり意味のない話だとも思いますが......
今回のオリンピックもなかなか良いもんですな。(^ω^)
ポイントは「チーム」なわけです。
個人種目にしても、
それを支えるコーチやトレーナーさん達がいて。
監督さんがいて。
チームとはそういう「同じ目的を持った人」の集まりなわけです。
見ている僕らの多くも目的を共有出来ているわけです。
そんな「チーム=TEAM」を日本語にすると、
多くの辞書ではこう書かれています。
「組」
①何本かの太い糸をより合わせたひも。組みひも。
②いくつかの要素を集め、一つのまとまりにくみ立てる。
③組合のこと。
僕はこれまで沢山の楽曲制作やコンサートやツアー、夏フェス、
スタジアムやアリーナライブ、
イベント等をプロデュースさせて来てもらいましたが、
その中で、
この「チーム=組」ということに関しては色々な思いをしてきました。
チームという言葉には特別な思いもあります。
例えば、
ライブ系の仕事では終わった後に必ず「反省会」というものをやります。
参加人数は時々の形、規模によって様々ですが、
各所の責任者......音(PA)、映像、特殊効果(特効)、カメラ、照明、
大道具、小道具、演出、舞台監督、助監督、アルバイト、チケット、
バンド、ダンサー、演者本人、マネジメント、スポンサー......ナドナド、
それぞれの「持ち場」の責任者が集まって、
アーダコーダと意見を出し合い、反省をし合います。
そして、そんな場で時折起こるコトというのがあって。
それはソウソウあることではないのですが......
一部スタッフの間で
「吊し上げ」
と呼ばれるような事態のこと。
ステージの出来を左右してしまったミスや事故に対して、
その原因や責任を責任者に対して過度に追求したり、
詰めていったりしてしまうような事態。
酷いことを言ってしまったりするような事態。
そんな時の空気というのは、
起きてしまったコトの重大さによってはかなり殺伐として、
悲惨な状況になってしまう様なこともあります。
それでもライブは続いていくわけで。
お客さんがいる以上、コンサートは無くせないわけで。
そんな、こんなところではとても書ききれないような
過酷な状況や空気の後に、それでもなぜ?
なお、皆が一丸となってライブができるのか?
というと......
それも、
目的や目標が一緒だからです。
メンバーが共に同じ目標を持っているとき、
目的共有が出来ているときは、必ずチームは立ち直れます。
志(こころざし)が同じ人間同士であった時は、
どんな酷いことを言い合ったとしても必ず仲直りできます。
互いのミスも許し合うことが出来ます。
逆に、目的が同じでなかった時は、
そんな人はいなくなったり、
そのチーム自体が崩壊したり......
二度と修復できない様な事態にもなります。
それがチームです。
チームのように同じ目的を共有できる範囲や大きさというのは、
ある程度、物理的な制限を受けます。
人が多くなればなるほど、
その目的や価値観、判断は多様になっていきますので、
目的に関しても、
その分多くのバリエーションが生まれてきてしまいます。
先に書いたライブなどでも、小さなクラブでやるのと、
アリーナやスタジアムでやるものとでは、
その目的の共有化作業には天地の違いが生まれます。
仕切り方も全く変わります。
しかし、エンタメやスポーツ関連の現場においては、
どこまでも「チーム」感覚であるようにも僕には思えています。
それはきっと、お客さんの笑顔のために。
満足のために。
勝利のために。
それが自分の満足でもあるから。
それが自分の勝利でもあるから。
夢でもあるから......と。
その目的は比較的端的で、
個と「チーム=組(くみ)」とで違ってしまう様なことは
本質的に無いからです。
要素として少ないからです。
ライブ・ショーやスポーツに関しては、
その場に集まる人々の目的や動機が
大きく違ってしまう様なことはあまり無いということです。
問題は「組織」というものです。
組織という化け物です。
組織の「織」という部分です。
「織」(シキ、ショク)
①機で布をおる。
②織田氏のこと。
③おる。組み立てる。組織。
組織とは、
目的を共有する「チーム=組」が複数集まって出来たものです。
チームを織り上げて出来たもの。
そこで重要視されるものはチームとは変わってきます。
「チーム=組」では、
それは記してきたように「目的」です。
組織において、それは......
「手段」であったりします。
これは、幾度と無くチームを率いてきた、
組織もしてきた僕がたどり着いた一つの結論であり定理です。
そして、とても嫌な思いも、つらい思いも、
落ち込んだこともある定理でもあります。
「チームは目的を重んじ、組織は手段を重んじる」
この頑然たる事実の前に僕は幾度と無く膝をついてきました。
自分が慣れ親しんだチームの理論や、
やり方を組織に持ち込んでも、
その目的が正しく、理があることだとしても、
手段を間違えると全てが破錠してしまうことがあります。
理不尽にも否定され、潰されてしまうことがあります。
逆に、如何に間違っていることでも、
理なき、愛なきことでも、
「組織としての手段」を間違えさえしなければ通ってしまったり。
認めてもらえたり、うまく行ったりすることもあります。
この事実の前に僕は幾度も嫌な思いをしてきました。
チームは幸せを感じられることも多いです。
互いに厳しいことも言い合えます。
家族に近い存在にもなりえます。
組織は不幸せなことも多いです。
だから組織内にいる人とは友達にもなれないことも多いです。
でも、どちらもこの世界の実相なのです。
重力と同じように、好きとか、嫌いとか、
そんな次元で捉えることではないのだと思います。
オリンピックは幸せに思えることも多い様に思えます。
きっと、良いチームが多いからです。
うちの父親は自営業で、
チームという感覚で運営してました。
だから父の仕事はいつも
自分の身の丈を超えるようなことはありませんでした。
僕はそんな家で育ちました。
しかし、
僕が働いてきた会社や幾つかのプロジェクトは巨大な組織構造を持ちます。
僕が育った環境とは全く違います。
プロ野球チームの監督業はオリンピックチームの監督業と同じで、
選手と目的を共有出来る人。する人。皆をそうしていけること。
そんなことを出来ることが資格や手腕の一つであるように思えます。
中日ドラゴンズの落合監督は、
チーム監督から球団のGM(ジェネラルマネージャー)になりました。
組織の監督者になったということでしょう。
当然、これまでと違うことがある様に思えます。
ここまで記してきたことに即して考えてみると、どうも、
チーム監督と同じ哲学や手法や価値観では仕事が難しそうです。
僕のいる組織内でも、
最近課長職となった人がいて。
今、何かと、かなりの苦労をしています。
その苦労は何に起因しているのでしょうか?
一つの部の長となっていた人が、最近、突然、
逃げるようにしていなくなってしまいました。
その人の問題の根幹には何があったのでしょうか?
チームと組織の融合とは?
なんでしょう?
それは可能なことなのでしょうか?
組織こそ目的が一緒になっているべきではないのか!?
アップルのスティーブ・ジョブスはなぜ?
一度会社を追われたのか。
ジョブスの仕事のやり方は、
戻った後とそれ以前とでは違っていたのではないか?
トヨタはどうなのだろう。
フォルクス・ワーゲンは?
自治体と国は?
沖縄と日本は?
そうだ、
解散を発表した、あの国民的アイドルグループは?
グループはチームだったハズだ。
彼らにとっての組織とは?どこだ?どこから、なのか?
彼らのチームでは「どこからが」組織なのだろう?
共有していた目的はドコカラ変わったのか?
ドコで変わったのか?
彼らのマネージャーさんは?
チームか。組織か。
僕は、
この妖しい世界で美しきものを見つけられるのだろうか。
暗闇の中で明かりを灯せるのだろうか。
微かな灯りを......探せるのだろうか。
手を汚しても、綺麗でいられるのか。
時々、世界は泣けるほど妖しく、
恐ろしいくらい美しく見えたりもします。
古い携帯写真ですが......
以前、ステージ・プロデュースをした香港スタジアムのライブ。
異国のスターから受けた依頼で、文化や考え方がまったく違う中、
本当に四苦八苦しながらやった仕事。
途中、受けたことを何度も後悔した仕事として
強烈に記憶に残っています。
スタジアムライブのリハーサルなのに、
スタジオが音の取れない非常識すぎるガラス張りの部屋だったり。
ガラスに残っていたステッカーを見たら「agnès b.」......
アニエスベー......と......あったり。
一緒に行った僕のチームのアメリカ人キーボードプレイヤーは
ブチ切れしてしまい、
「帰る!」
と言って聞かなかったり。
板挟みになった通訳は逃げちゃうし......
現地オーディションのミュージシャン・チームは、
ステージよりホテルのアルバイトを優先してたり。
ダンサー達は「現場での通し日」まで
一度もリハーサルに来なかったり。
楽器は注文とまったく違うものばかりが届くし。
電源は落ちるし。
楽器は壊れるし......
香港は言わずと知れた風水都市で。
会場エントリー前には定番の儀式として、
事務所のシャッチョさんと一緒にマスコミと全スタッフの前で
デカイ豚さんを切らされましたし......( ̄ー ̄;)ち、血がぁぁ......
それでも、
「三日間のライブを成功させたい!」
という気持ちは皆一緒で。
最後は全員が国籍も超えてチームとして一つにまとまっていました。
チームとは良いものです(^^)
打ち上げは......
思い出すのも恐ろしい......
三階級すべて金だなんて......( ̄O ̄;)ほへ~。
これで吉田沙保里さんも金だったりしたら......
監督でもありコーチでもある、
ツルピカヘッドの栄和人(さかえかずひと)さんもとても嬉しそうで。
選手の幾人かは吉田沙保里さんのお父さんの教え子でもあったらしく。
今は亡き吉田さんのお父さんの力もとても強く感じたりしました。
しばらく低迷していたシンクロナイズドスイミングも
乾さんと三井さんのペアが銅メダル。
とてつもなく厳しいことで知られる女性ヘッドコーチの
井村雅代(いむらまさよ)さんが離れてからは
ずっと低迷していた日本シンクロ界でしたが、
その井村さんが代表コーチに復帰して早々のメダル獲得。
その手腕にはとても感じ入るところがあります。
柔道でも、実は、
監督の井上康生(いのうえこうせい)さんの男泣きの映像に
一番ウルウルときてしまいました。
こちらも前回大会でドン底まで落ちてしまった日本柔道界を託され、
今大会は見事に!
立ち直らせたその手腕と実績とは尊敬に値することだと思います。
アノ涙には......いろいろな思いと苦労が詰まっていたのでしょう。
とてもカッコ良かったっす。
卓球も男女ともに感動的だったし、
スポーツの良い所が沢山見れて。
スポーツ嫌いな人にはあまり意味のない話だとも思いますが......
今回のオリンピックもなかなか良いもんですな。(^ω^)
ポイントは「チーム」なわけです。
個人種目にしても、
それを支えるコーチやトレーナーさん達がいて。
監督さんがいて。
チームとはそういう「同じ目的を持った人」の集まりなわけです。
見ている僕らの多くも目的を共有出来ているわけです。
そんな「チーム=TEAM」を日本語にすると、
多くの辞書ではこう書かれています。
「組」
①何本かの太い糸をより合わせたひも。組みひも。
②いくつかの要素を集め、一つのまとまりにくみ立てる。
③組合のこと。
僕はこれまで沢山の楽曲制作やコンサートやツアー、夏フェス、
スタジアムやアリーナライブ、
イベント等をプロデュースさせて来てもらいましたが、
その中で、
この「チーム=組」ということに関しては色々な思いをしてきました。
チームという言葉には特別な思いもあります。
例えば、
ライブ系の仕事では終わった後に必ず「反省会」というものをやります。
参加人数は時々の形、規模によって様々ですが、
各所の責任者......音(PA)、映像、特殊効果(特効)、カメラ、照明、
大道具、小道具、演出、舞台監督、助監督、アルバイト、チケット、
バンド、ダンサー、演者本人、マネジメント、スポンサー......ナドナド、
それぞれの「持ち場」の責任者が集まって、
アーダコーダと意見を出し合い、反省をし合います。
そして、そんな場で時折起こるコトというのがあって。
それはソウソウあることではないのですが......
一部スタッフの間で
「吊し上げ」
と呼ばれるような事態のこと。
ステージの出来を左右してしまったミスや事故に対して、
その原因や責任を責任者に対して過度に追求したり、
詰めていったりしてしまうような事態。
酷いことを言ってしまったりするような事態。
そんな時の空気というのは、
起きてしまったコトの重大さによってはかなり殺伐として、
悲惨な状況になってしまう様なこともあります。
それでもライブは続いていくわけで。
お客さんがいる以上、コンサートは無くせないわけで。
そんな、こんなところではとても書ききれないような
過酷な状況や空気の後に、それでもなぜ?
なお、皆が一丸となってライブができるのか?
というと......
それも、
目的や目標が一緒だからです。
メンバーが共に同じ目標を持っているとき、
目的共有が出来ているときは、必ずチームは立ち直れます。
志(こころざし)が同じ人間同士であった時は、
どんな酷いことを言い合ったとしても必ず仲直りできます。
互いのミスも許し合うことが出来ます。
逆に、目的が同じでなかった時は、
そんな人はいなくなったり、
そのチーム自体が崩壊したり......
二度と修復できない様な事態にもなります。
それがチームです。
チームのように同じ目的を共有できる範囲や大きさというのは、
ある程度、物理的な制限を受けます。
人が多くなればなるほど、
その目的や価値観、判断は多様になっていきますので、
目的に関しても、
その分多くのバリエーションが生まれてきてしまいます。
先に書いたライブなどでも、小さなクラブでやるのと、
アリーナやスタジアムでやるものとでは、
その目的の共有化作業には天地の違いが生まれます。
仕切り方も全く変わります。
しかし、エンタメやスポーツ関連の現場においては、
どこまでも「チーム」感覚であるようにも僕には思えています。
それはきっと、お客さんの笑顔のために。
満足のために。
勝利のために。
それが自分の満足でもあるから。
それが自分の勝利でもあるから。
夢でもあるから......と。
その目的は比較的端的で、
個と「チーム=組(くみ)」とで違ってしまう様なことは
本質的に無いからです。
要素として少ないからです。
ライブ・ショーやスポーツに関しては、
その場に集まる人々の目的や動機が
大きく違ってしまう様なことはあまり無いということです。
問題は「組織」というものです。
組織という化け物です。
組織の「織」という部分です。
「織」(シキ、ショク)
①機で布をおる。
②織田氏のこと。
③おる。組み立てる。組織。
組織とは、
目的を共有する「チーム=組」が複数集まって出来たものです。
チームを織り上げて出来たもの。
そこで重要視されるものはチームとは変わってきます。
「チーム=組」では、
それは記してきたように「目的」です。
組織において、それは......
「手段」であったりします。
これは、幾度と無くチームを率いてきた、
組織もしてきた僕がたどり着いた一つの結論であり定理です。
そして、とても嫌な思いも、つらい思いも、
落ち込んだこともある定理でもあります。
「チームは目的を重んじ、組織は手段を重んじる」
この頑然たる事実の前に僕は幾度と無く膝をついてきました。
自分が慣れ親しんだチームの理論や、
やり方を組織に持ち込んでも、
その目的が正しく、理があることだとしても、
手段を間違えると全てが破錠してしまうことがあります。
理不尽にも否定され、潰されてしまうことがあります。
逆に、如何に間違っていることでも、
理なき、愛なきことでも、
「組織としての手段」を間違えさえしなければ通ってしまったり。
認めてもらえたり、うまく行ったりすることもあります。
この事実の前に僕は幾度も嫌な思いをしてきました。
チームは幸せを感じられることも多いです。
互いに厳しいことも言い合えます。
家族に近い存在にもなりえます。
組織は不幸せなことも多いです。
だから組織内にいる人とは友達にもなれないことも多いです。
でも、どちらもこの世界の実相なのです。
重力と同じように、好きとか、嫌いとか、
そんな次元で捉えることではないのだと思います。
オリンピックは幸せに思えることも多い様に思えます。
きっと、良いチームが多いからです。
うちの父親は自営業で、
チームという感覚で運営してました。
だから父の仕事はいつも
自分の身の丈を超えるようなことはありませんでした。
僕はそんな家で育ちました。
しかし、
僕が働いてきた会社や幾つかのプロジェクトは巨大な組織構造を持ちます。
僕が育った環境とは全く違います。
プロ野球チームの監督業はオリンピックチームの監督業と同じで、
選手と目的を共有出来る人。する人。皆をそうしていけること。
そんなことを出来ることが資格や手腕の一つであるように思えます。
中日ドラゴンズの落合監督は、
チーム監督から球団のGM(ジェネラルマネージャー)になりました。
組織の監督者になったということでしょう。
当然、これまでと違うことがある様に思えます。
ここまで記してきたことに即して考えてみると、どうも、
チーム監督と同じ哲学や手法や価値観では仕事が難しそうです。
僕のいる組織内でも、
最近課長職となった人がいて。
今、何かと、かなりの苦労をしています。
その苦労は何に起因しているのでしょうか?
一つの部の長となっていた人が、最近、突然、
逃げるようにしていなくなってしまいました。
その人の問題の根幹には何があったのでしょうか?
チームと組織の融合とは?
なんでしょう?
それは可能なことなのでしょうか?
組織こそ目的が一緒になっているべきではないのか!?
アップルのスティーブ・ジョブスはなぜ?
一度会社を追われたのか。
ジョブスの仕事のやり方は、
戻った後とそれ以前とでは違っていたのではないか?
トヨタはどうなのだろう。
フォルクス・ワーゲンは?
自治体と国は?
沖縄と日本は?
そうだ、
解散を発表した、あの国民的アイドルグループは?
グループはチームだったハズだ。
彼らにとっての組織とは?どこだ?どこから、なのか?
彼らのチームでは「どこからが」組織なのだろう?
共有していた目的はドコカラ変わったのか?
ドコで変わったのか?
彼らのマネージャーさんは?
チームか。組織か。
僕は、
この妖しい世界で美しきものを見つけられるのだろうか。
暗闇の中で明かりを灯せるのだろうか。
微かな灯りを......探せるのだろうか。
手を汚しても、綺麗でいられるのか。
時々、世界は泣けるほど妖しく、
恐ろしいくらい美しく見えたりもします。
古い携帯写真ですが......
以前、ステージ・プロデュースをした香港スタジアムのライブ。
異国のスターから受けた依頼で、文化や考え方がまったく違う中、
本当に四苦八苦しながらやった仕事。
途中、受けたことを何度も後悔した仕事として
強烈に記憶に残っています。
スタジアムライブのリハーサルなのに、
スタジオが音の取れない非常識すぎるガラス張りの部屋だったり。
ガラスに残っていたステッカーを見たら「agnès b.」......
アニエスベー......と......あったり。
一緒に行った僕のチームのアメリカ人キーボードプレイヤーは
ブチ切れしてしまい、
「帰る!」
と言って聞かなかったり。
板挟みになった通訳は逃げちゃうし......
現地オーディションのミュージシャン・チームは、
ステージよりホテルのアルバイトを優先してたり。
ダンサー達は「現場での通し日」まで
一度もリハーサルに来なかったり。
楽器は注文とまったく違うものばかりが届くし。
電源は落ちるし。
楽器は壊れるし......
香港は言わずと知れた風水都市で。
会場エントリー前には定番の儀式として、
事務所のシャッチョさんと一緒にマスコミと全スタッフの前で
デカイ豚さんを切らされましたし......( ̄ー ̄;)ち、血がぁぁ......
それでも、
「三日間のライブを成功させたい!」
という気持ちは皆一緒で。
最後は全員が国籍も超えてチームとして一つにまとまっていました。
チームとは良いものです(^^)
打ち上げは......
思い出すのも恐ろしい......