私が昔語りをすると、皆さんがお笑いになるかもしれませんが、1950年代、および1960年代の女性の必読書は三つ、ありました。
『キュリー夫人伝』(次女エイヴに拠るもの)、『第二の性』、『魅せられたる魂』の三つです。そのうち、私は第二の性は、あまり好みませんでした。まず、サルトルを好まなかったからです。でね、今、念のために、グーグルの検索数を比較したところ、キュリー夫人伝(本そのもの)は、少ないかもしれないのですが、キュリー夫人という項目では、数十万件があって、『ああ、まだ、人気のある方なのだ』とは思いました。
私ですが、もちろん、正伝にあたるものと思われる、エイヴのものを読みましたが、キュリー夫人の晩年の体調不良の件が印象に残っているのみで、文章としては、小さいころ読んだ、リライト版(誰が著者だったかは、今では不明)から、得た印象の方がはるかに強いものです。
今、インターネットでは、『キュリー夫人の椅子』という項目があって、いったい何のことだろうとあけてみたら、漫画の中で、キュリー夫人が寒さに耐えるために、布団の上に椅子を乗せて、暖をとったというエピソードを知った、現代の若者が、「嘘だろう。僕は実験をしてみたが、暖かくなかった」と発言をしていたのでした。
それで、思い出しましたが、たしかに、キュリー夫人はパリでの、学生時代苦労をなさって、それを、お嬢様方に昔語りとして語ったのでしょうが、そのうちのひとつのエピソードだったと思います。でね、私はこれについては、特に、にやっとしました。若い人は、羽根布団とか、化繊の掛け布団になれているので、掛け布団は軽いほうがよいと思っているのだな?
しかし、私ぐらいの年齢だと木綿綿の布団になれているので、掛け布団もある程度の重さがあったほうが好きで、中に軽い掛け布団や毛布を入れて、その上に、木綿綿の布団をかけるのが好きです。重さは暖かさに通じるので、キュリー夫人もまず、ご自分のコートとか、セーターとかを布団の上において、それらが、落ちないようにするために、簡単なスツールで抑えたのだと思います。
しかし、「貧乏だから、さくらんぼうだけを、食べて過ごした日もある」という記述だけは、『変だな。さくらんぼうって、高いでしょう?』って、55年以上前の私は思いました。確かに今の日本でも、普通の食事をしないで、さくらんぼうだけを食べることが、節約になるという発想は無いと思います。
ただ、研究や修行のために、一人暮らしをしたことのある、今現在の私が考え直してみると、いろいろ、納得が行くところがあります。一人暮らし、特に研究熱心な生活では、時間が惜しくて、お料理をするのが、面倒くさいわけです。今はなかじき(漢字は中食と書く)といって、簡単なおかずで、途中までできた形のものを買ってきて、自分で最終的に、火を入れるという形で食料品が手に入ります。例としては鍋物類のスープが良く売っていますね。ま、我が家では、最初からの自家製で、作りますが・・・・・
が、当時はスーパーも(もちろん、パリによくある、コンビに風な小さな何でもや)も、無かったでしょうし、お惣菜や(バットを16~20ほど並べて、中華風のおかずを入れて売っていたりする)も無かったでしょうから、大変だったとは思います。
つまり、社会全体のムードとして、レストランに行くか、きちんと、手料理を作るかの二つしかなかったわけでしょう。、外食をする習慣が少なかったと思いますので、値段は高かったと考えられます。最低でも夕食三千円以上の感じでしょう)に行くことができなかっただけだと感じます。
~~~~~~~~~~
いずれにしろ、時の検証を経て、いまだに、キュリー夫人が人気者なのはよかったです。ただし、往年のあの熱気ほどではない。今は英雄にあこがれる気風が日本全体から消えているからです。
ところで、その際のインターネットサーフィンで、キュリー夫人の晩年には、隠された恋愛があったと知り、驚きましたが、それについては、今は何もいうことはありません。こども向けにリライト版で、知ったキュリー夫人像だけで、十分な感じです。
ところで、今日のブログパーツはそれこそ、なかじき(中食)のケーキです。今は、スーパーに丸いスポンジの台だけを売っています。それに、買ってきたイチゴと、生クリーム(泡立てるだけは自分の家で、やる)を飾り付けただけですが、市販のものの、2分の1程度のお値段でできます。だって、直径が20センチのものは十分できますから。しかも生クリームは半箱しか使っておらず、あとは、ババロアに使うのですから。上は4分の一切ったところですが、それで、市販のケーキふた切れほどになります。だから、腹いっぱいショート・ケーキを食べることができます。生クリームは持たないので、ほぼ、一日で、半分のケーキを食べるので、本当に腹いっぱいという感じになります。
お休みの日に、お試しあれ・・・・・と、いいたいが、本当のことを言えば、
私自身クッキーは昔からよく作っていましたが、ショートケーキまで挑戦するようになったのは、この一年であり、それは、一種のあきらめ(大芸術家になるをあきらめた)の結果の、生活から生まれた習慣です。そして、何回も挑戦しているので、搾り出し袋などは使わず、(それは、生クリームが無駄になるので)ナイフで、生クリームをぺたぺたと塗りつけ、大型のいちご、も、三枚程度にスライスして、間に挟んだり、飾ったりします。その方が食べやすいし、味もおいしいです。
で、私が、本当にすすめたいのは、忙しい女性と、専業主婦の間の、中間の生活です。キュリー夫人みたいな生活ではなくて、でも、プチ上流夫人として、贅沢三昧するのでもなくて、自分が手を加えて、おいしいものを、お安い値段で、味わう生活です。者を作っていると、本当に気が休まりますよ。世間でいやなことを検分していても、何かを創作すると、すばらしく気が晴れます。そして、創作とは「現代アートの、最新作を作るぞ!!!」と、構えないでも、あらゆるところにタネが見つかります。こんなおせっかいなことを言うのは、今自殺が多くて、それを阻止したいからです。あらゆるところで楽しみを見つけるのは良いことです。こんな雑なケーキでも、ご近所様とか、職場の友達に上げて御覧なさい。話題ができて、楽しみを味わうことができます。
こんなおせっかいなお薦めをここでするのは、最近、親しい方の自殺に直面をしてしまって衝撃を受けたからです。人間は楽しみを見つけないといけません。少しのお金で、楽しめることはたくさん知っておくべきだからです。そして、実際に台所に立って、物を作るのは楽しいことです。男性にもお薦めいたします。
2010年2月18日書く、送るのは、19日 雨宮 舜
『キュリー夫人伝』(次女エイヴに拠るもの)、『第二の性』、『魅せられたる魂』の三つです。そのうち、私は第二の性は、あまり好みませんでした。まず、サルトルを好まなかったからです。でね、今、念のために、グーグルの検索数を比較したところ、キュリー夫人伝(本そのもの)は、少ないかもしれないのですが、キュリー夫人という項目では、数十万件があって、『ああ、まだ、人気のある方なのだ』とは思いました。
私ですが、もちろん、正伝にあたるものと思われる、エイヴのものを読みましたが、キュリー夫人の晩年の体調不良の件が印象に残っているのみで、文章としては、小さいころ読んだ、リライト版(誰が著者だったかは、今では不明)から、得た印象の方がはるかに強いものです。
今、インターネットでは、『キュリー夫人の椅子』という項目があって、いったい何のことだろうとあけてみたら、漫画の中で、キュリー夫人が寒さに耐えるために、布団の上に椅子を乗せて、暖をとったというエピソードを知った、現代の若者が、「嘘だろう。僕は実験をしてみたが、暖かくなかった」と発言をしていたのでした。
それで、思い出しましたが、たしかに、キュリー夫人はパリでの、学生時代苦労をなさって、それを、お嬢様方に昔語りとして語ったのでしょうが、そのうちのひとつのエピソードだったと思います。でね、私はこれについては、特に、にやっとしました。若い人は、羽根布団とか、化繊の掛け布団になれているので、掛け布団は軽いほうがよいと思っているのだな?
しかし、私ぐらいの年齢だと木綿綿の布団になれているので、掛け布団もある程度の重さがあったほうが好きで、中に軽い掛け布団や毛布を入れて、その上に、木綿綿の布団をかけるのが好きです。重さは暖かさに通じるので、キュリー夫人もまず、ご自分のコートとか、セーターとかを布団の上において、それらが、落ちないようにするために、簡単なスツールで抑えたのだと思います。
しかし、「貧乏だから、さくらんぼうだけを、食べて過ごした日もある」という記述だけは、『変だな。さくらんぼうって、高いでしょう?』って、55年以上前の私は思いました。確かに今の日本でも、普通の食事をしないで、さくらんぼうだけを食べることが、節約になるという発想は無いと思います。
ただ、研究や修行のために、一人暮らしをしたことのある、今現在の私が考え直してみると、いろいろ、納得が行くところがあります。一人暮らし、特に研究熱心な生活では、時間が惜しくて、お料理をするのが、面倒くさいわけです。今はなかじき(漢字は中食と書く)といって、簡単なおかずで、途中までできた形のものを買ってきて、自分で最終的に、火を入れるという形で食料品が手に入ります。例としては鍋物類のスープが良く売っていますね。ま、我が家では、最初からの自家製で、作りますが・・・・・
が、当時はスーパーも(もちろん、パリによくある、コンビに風な小さな何でもや)も、無かったでしょうし、お惣菜や(バットを16~20ほど並べて、中華風のおかずを入れて売っていたりする)も無かったでしょうから、大変だったとは思います。
つまり、社会全体のムードとして、レストランに行くか、きちんと、手料理を作るかの二つしかなかったわけでしょう。、外食をする習慣が少なかったと思いますので、値段は高かったと考えられます。最低でも夕食三千円以上の感じでしょう)に行くことができなかっただけだと感じます。
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いずれにしろ、時の検証を経て、いまだに、キュリー夫人が人気者なのはよかったです。ただし、往年のあの熱気ほどではない。今は英雄にあこがれる気風が日本全体から消えているからです。
ところで、その際のインターネットサーフィンで、キュリー夫人の晩年には、隠された恋愛があったと知り、驚きましたが、それについては、今は何もいうことはありません。こども向けにリライト版で、知ったキュリー夫人像だけで、十分な感じです。
ところで、今日のブログパーツはそれこそ、なかじき(中食)のケーキです。今は、スーパーに丸いスポンジの台だけを売っています。それに、買ってきたイチゴと、生クリーム(泡立てるだけは自分の家で、やる)を飾り付けただけですが、市販のものの、2分の1程度のお値段でできます。だって、直径が20センチのものは十分できますから。しかも生クリームは半箱しか使っておらず、あとは、ババロアに使うのですから。上は4分の一切ったところですが、それで、市販のケーキふた切れほどになります。だから、腹いっぱいショート・ケーキを食べることができます。生クリームは持たないので、ほぼ、一日で、半分のケーキを食べるので、本当に腹いっぱいという感じになります。
お休みの日に、お試しあれ・・・・・と、いいたいが、本当のことを言えば、
私自身クッキーは昔からよく作っていましたが、ショートケーキまで挑戦するようになったのは、この一年であり、それは、一種のあきらめ(大芸術家になるをあきらめた)の結果の、生活から生まれた習慣です。そして、何回も挑戦しているので、搾り出し袋などは使わず、(それは、生クリームが無駄になるので)ナイフで、生クリームをぺたぺたと塗りつけ、大型のいちご、も、三枚程度にスライスして、間に挟んだり、飾ったりします。その方が食べやすいし、味もおいしいです。
で、私が、本当にすすめたいのは、忙しい女性と、専業主婦の間の、中間の生活です。キュリー夫人みたいな生活ではなくて、でも、プチ上流夫人として、贅沢三昧するのでもなくて、自分が手を加えて、おいしいものを、お安い値段で、味わう生活です。者を作っていると、本当に気が休まりますよ。世間でいやなことを検分していても、何かを創作すると、すばらしく気が晴れます。そして、創作とは「現代アートの、最新作を作るぞ!!!」と、構えないでも、あらゆるところにタネが見つかります。こんなおせっかいなことを言うのは、今自殺が多くて、それを阻止したいからです。あらゆるところで楽しみを見つけるのは良いことです。こんな雑なケーキでも、ご近所様とか、職場の友達に上げて御覧なさい。話題ができて、楽しみを味わうことができます。
こんなおせっかいなお薦めをここでするのは、最近、親しい方の自殺に直面をしてしまって衝撃を受けたからです。人間は楽しみを見つけないといけません。少しのお金で、楽しめることはたくさん知っておくべきだからです。そして、実際に台所に立って、物を作るのは楽しいことです。男性にもお薦めいたします。
2010年2月18日書く、送るのは、19日 雨宮 舜