銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

ファイナルファンタジーが、大好きで(連載小説の2)

2010-07-04 17:11:49 | Weblog
〔前回までのあらすじ〕、57歳の日本人主婦百合子は、1999年に初めて、ニューヨーク入りをする。

第一部『タイムズスクエアーの家』、第二章

・・・・・ 百合子はポロット・インスティテュートに出かけてみて、そこが版画工房ではなく、美大であることに、驚く。日本の大学の卒業証明書等の、資格用書類は、何もを持ってきていなかったが、僥倖が重なって、大学院に入学できることとなった。その詳細は、2ヵ月後に始まるであろう、次の小説『煌くプラタナス』の中で述べたい。今日は、私生活を引き続き述べる。・・・・・

 うきうきした幸福な感覚で、下宿に戻ってくる。エレベーターを降りると、例の居間から、何か単純な音楽が聞こえ、興味を持ってチラッと覗いてみる。その部屋は、ドアも無い形式で、3メートルぐらいの長さの開口部があるので、簡単に中は見える。テレビがついていて画面はファイナルファンタジーであった。画面の前には、奥さんと思われる日本人女性が座っている。奥さんは若い人らしいが、挨拶する百合子に、は、はーと言う感じで、簡単に、やり過ごし、ゲームに戻った。

 百合子は、この家の乱雑さが、奥さんのゲーム好きにも原因があることを知った。『ああ、現代っ子って、わがままなんだなあ』と思う。百合子のように戦前の生まれだと、子供が一才と七ヶ月だと、ゲームなんかやっていられないという思いになると思うが、現代の女性だと違うのだろう。

 百合子も10(後注4)年ぐらい前の40代には、ドラゴンクエストをやった。子供が学校へ行っている間に、そっと隠れて。特に子供たちはとっくにやり終えているので、そのソフトを点検もしないので、昼間こっそりやっていることがばれないで、済んだ。が、どうしてもわからないときは、自分の子供に質問をすることができないので、友達のお子さんに電話をかけて教えてもらったりしたものだ。「あのね。どうしたら、虹の橋って架かるのかしら」とか。「こうこうこうすれば、よいんですよ」と教えてもらい、それで、やっと次の段階へ進んだが、結局のところ、ドラゴン・クエストVが完成できず、それ以来、ロールプレイングゲームには、手を染めていない。それが、体力や時間を大量に消耗するものであることが骨の髄までわかっていたから。

 後日、百合子は奥さんと、もっと仲良くなって、話を交わしたりして、なぜ、奥さんがゲームに熱中をしているかの、根本原因を知ることとなる。奥さんはゲームで気を紛らわせずにはいられないほど、いらいらしていた。それは出産と子育てによって、未来が閉ざされたと感じていたからだ。

 すらっとした人で、百合子より背が高く、167センチぐらいはある。日本でバレーやモダンダンスをマスターしていて、ブロードウエーでオーディションに応募し、ミュージカルの本場の舞台で、ダンサーとしてプロになることを夢見て、こちらへ、やってきた女性だった。しかし、割と簡単な交際で赤ちゃんができてしまい、その結果、実質的に結婚をすることとなって、急に生活も進路も大変更になり、そのことに戸惑い、対応ができないでいる模様だった。
 しかも、ご主人は、男性としては、素敵な存在だが、さまざまな事情から、まだ、入籍もしていないとのこと。別に嫌いでもないのだけれど、好きで好きでたまらないというわけでもなくて、新婚気分で、『はい、これから、私は、がんばりますよ』という姿勢には、到底なれない模様だった。

 その奥さんの気分を反映しているのか、北側の道路に面して、大きな窓があったが、それは、分厚い青緑色のカーテンで覆われていた。日光を一筋も入れない、居間で、彼女はファイナルファンタジーに熱中することとなっていた。だから、坊やも猫も相手をしてもらえなくて、つまらない。やがて二人とも、百合子の部屋に入り浸るようになった。

 百合子が布巾で、自室のガラステーブルを拭くと、坊やは早速まねをする。まだ、日本語がしゃべれるという年齢ではないが、賢い坊やで、退屈しきっているので、百合子のすることは何でも真似をしてくれる。それは、かわいいが、早晩困ったことになるだろうという予感を抱いた。百合子は、非常に子供好きで、かつ、何事も断ることができないタイプだ。太宰治の小説に『饗応夫人』というのがあるが、こと子育てという意味ではまさにそれで、自分の子供が幼児期には、半分以上のエネルギーを割いて、他人のこどもの世話をしてきたみたいなものだった。

 二度とそのわだちを踏まないぞと決意して、「おばちゃんね。これからお仕事があるのね。だから、ママのところへ行ってね」といいながら、ドアの外へだす。しかし、一才と七ヶ月の坊やが、そんなことを理解してくれるはずも無い。うわーんと大声で泣きだす。

 お父さんもお母さんもアメリカンドリームを、達成したくてニューヨークへ来たエネルギーレベルの高い存在だ。遺伝的に、坊やもきわめてエネルギーレベルが高かった。泣いている坊やを心配して、お母さんが駆けつけてくるかと思ったが、来ない。それで、あるとき、お母さんと話し合うこととした。

 決して命令調とか、説教調にならないように気をつける。でも、お母さんは百合子の言いたいことの本質をすぐ理解して、「去年、妹と母が来たときはすごくきれいだったのよ」という。「妹は母と似ているの。家事がすきなのよ」とも。百合子ははっと思い当たることがあって、「おかあさんは、妹さんをかわいがった」と聞くとそうだとの返事。「そう。妹のほうだけを母はかわいがったの」と彼女は言う。

 『うわあ、これは、とても難しい問題を抱えたお嬢さんだ。偏愛をしたお母さんを嫌いだから、お母さんのやっていることを真似したり身につけたくは、なかったのだ。だから、家事は嫌い。お子さんを育てきれるかな?』と内心で思うが、質問をずらして、「もしかしたら、実家からお金を送ってもらっている」と聞いたら、「ええ、生活費を毎月、送ってもらっているの」と答えをもらった。

 百合子はすばやく頭を回転させる。『二つの部屋を間貸しして、かつご主人が働いていて、かつ、実家から仕送りがある。奥さんは外出好きでもない模様なのに、なぜ、そんなにお金がいるのだろう。もしかしたら、この広いマンションは賃貸?』と思い至るが、さすがにそれを聞くのははばかられた。

 でも、『なんと危なっかしい生活だろう』と、今度は、それを心配になる。『もっと、地味な小さな部屋に住んでもいいではないかなあ? この部屋は広すぎる。お金をとって、また貸しをするのはある種の賢さでもあるが、ちょっと、道を間違えているよ』とも思うが、ここを選んだのは、例のオーディショん向けの、地の利のよさがあったかららしいので、引越しなど考えられないのだろう。

 『うわ、どうしたら、この問題をうまく解決できるだろう。自分が子守をしないで済むためにも、彼女が生き生きとした生活を取り戻すためにも、今のままではまずいな』と思案する百合子の前に、もう一人の下宿人が、日本から帰ってきた。
(後注4)今から10年ほど前のことなので、こういう年齢構成となる
  この項、つづく。2010年7月5日   雨宮舜
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べとべとの、ガラステーブル(新連載小説の1)

2010-07-04 15:51:36 | Weblog
 はじめて、このブログに気がついた方に申し上げます。スクロールしていただきますと、下に、どうして、連載小説を始めたかのいきさつが書いてあります。左のカレンダーの七月四日の下、二つ目の記事と、しても同じものが開きます。

 以下の文章は、1999年のニューヨークを舞台にした、その新連載・小説『ジョーイの出立』の第一部の第一章となります。
~~~~~~~~~~
第一章『タイムズスクエアーの家』
 エレベーターを降りたとたんに怪訝な思いにとらわれた。『あれ、外は昼間だったのに』と思って。どこにも外光の影がなく、蛍光灯が、照らすホールは青緑色に染まっていて、いささか以上に、お客を迎えるという雰囲気ではなかった。大型のゴミ袋に、急遽という感じで詰め込まれた、衣服やおもちゃが、壁沿いの床に、十個近く積み上げられている。それが、彼ら夫妻にとっては、『片付けた』ということだったかも知れないと後では思うが、当日はただ、ただ、驚いた。

 でも、空港からの連絡のせいか、大家はすぐ現れた。背が高く、色白で、目の大きな青年。百合子は彼の若さに驚いた。マンハッタン島の中心部に、人に貸せるほどの広さの、マンションを持っている人といえば、ゴルフかヨットで、日焼けした40歳以上のバタ臭い日本人であろうと事前には、思い込んでいたからだ。この部屋は、日本で言えば、144平米、(建坪、46坪)、幅が12メートル、奥行きが12メートルの商業用ビルの一角を、住宅として改築してあった。が、ともかく、買い上げ費用は高かったと思われる。なのに、ごく普通の、しかもイケメンと言っていいだろう若い日本人が現れたから、それも驚きを強めた。

 奥から、たたたっという感じで、小さな男の子が走って出てきた。活発で、百合子に話しかける。『あ、この子には普段、遊ぶ相手がいないのだ。私が珍しいのね』と百合子は思う。百合子は幼児を育てるという意味では、ベテランの一人で、相手の子供たちもすぐそれがわかるらしい。その子にまとわりつかれながら居間に通される。

 周囲をラックで囲まれた、6畳程度の客間は、正座する形でしつらえてあり、中央にガラスのテーブルが置いてあった。周りを金属のパイプで囲まれた形のもの。その上に、ジュースの類が、三ミリか、五ミリの厚さで、ゼリー状に固まっていた。先ほどの坊やが手をつくと、彼の手がべとべとになるという感じ。

 『あれ、あれ』と思うが、初対面の人間として、それを父親に注意するわけにも行かないので、黙っているが、坊やは自分を注目してくれる百合子にすぐ、反応して、『好きだよ』という態度をとる。特に大家さんに百合子は感謝していた。

 今回の研修方滞在の最大の目的は、ブルックリンにあるポロット・インスティテュート(後注1)を訪ねることにある。百合子は「アメリカで版画をやるなら、ポロットが一番でしょう」とは、銀座でアメリカ人から教わっていたが、ポロット自体の所在地は知らなかった。この青年大家に事前に調べてもらって、電話番号と、最寄り駅を日本にファックスで、送ってもらってあった。それはとてもありがたいことだった。アメリカ大使館に問い合わせるという案もあったが、図体が大きそうで厄介だった。そして、この1999年ごろは、百合子はパソコンにはまだ疎くて、インターネットは、駆使できなかったし。

 大家は、ファックスや、契約用紙を持ち出して、家賃とか、そのほかを決定し始め、一応それが終わると、住民としての注意を与え始めた。「ここはタイムズスクエアー(後注2)に三分でいかれるほど、便利な場所ですが、治安は大変悪い(後注3)ので夜は絶対にである家内でください」と言われる。

 その後で、百合子は自室へ案内をしてもらう。高い場所にまどのある、部屋で、クロークがあるが、家具としてはベッドと、ガラステーブル(しかし、丸型で座卓用)がおいてあるだけだった。窓にカーテンがないのが、『あれ、朝早く起こされるな』という感じがして、困ったが、もともと商業用ビルなので、カーテンレールがないから、そのままになっている模様だった。次に台所と、風呂場に案内される。両方とも広くて、設備的にはしっかりしている。風呂場のそばに、もうひとつの賃貸用の個室があり、その部屋の住人は、今、日本に夏休みをとって帰省中とのこと。

 大体の説明が済むと大家は、赤ちゃんと一緒に自室に引き上げた。そして、直後、夜勤があるといって、挨拶の上で外へ出て行った。赤ちゃんは寝室にお母さんといるらしい。

 百合子は自室のクロークを、スーツケースからの荷物で、満たしたあとで、台所に立つ。

 参ったなあと思う。流し内には、2、3日分と思われる食器が、たまっている。普通の日本人の奥さんだったら、私がこれを洗ってしまうと恥ずかしがって、あとで、トラブルになると思う。しかし、居間のべとべとのテーブルを見た後では、『奥さんは、家事ができないタイプなのだ』と感じて、次の日の自分のために、お皿洗いをはじめる。

 しかし、さらに参った。排水口が、二重三重にだめになっているのだ。水がまったくはけない。百合子はお皿類を、床に置きなおし始める。そして、腕まくりをして、排水口を、ブラシなどできれいにし始める。参ったわ。まだ、時差のためにもうろうとしているのよ。私って飛行機の中では眠られないタイプなの』と、自分に向かっていってみるが、頭上の大音響を立てている排気ファンにかき消されて、奥の寝室にいる奥さんの耳に入るわけもない。

 換気扇のメーターを見ると、最大値で動いている。このおかげで、腐敗臭が、室内にこもるのを防いでいるのだ。

 しばらくの間、もくもくと作業を続けていると、足元に何か柔らかいものが触る。下を見てみると、大きな猫がゆったりと百合子の足を巻いていた。

 すぐしゃがんで確かめてみる。虚勢をされていないオス猫だった。体格はよく、毛は真っ黒で目は金。どちらかというと、美猫という方である。しかし、一切声を上げない。

 百合子はぴんと来る。この猫は奥さんにしかられまくっていて、すっかり、臆病になっている。最初から赤ちゃんは飛んで出てきたのに、猫好きな百合子に、挨拶に出てこないのが不思議だが、普段叱られまくっていて、おびえきっているのだ。だけど、やはり、動物的勘というものは確かで、百合子が猫好きなのは、わかっている。

 叱られる原因は、おしっこと、ウンチの粗相だろう。だけど、この台所の様子を見ると、猫トイレなどほうったらかしで汚れているであろうから、この猫はトイレを使いたくないのだ。悪循環になっていると、思って、百合子はそっと、頭や、胴体をなぜた。流しの作用を終えて、自室に戻ると、黒猫はついてきた。で、自室に入れて、部屋のドアを閉めると、猫はおびえて、ドアそばで、あけてくれと引っかく。どういうことかな? と百合子は思案する。もしかするとお仕置きをかねて、この部屋に閉じ込められた過去があるのかな?とも思う。仕方がないので、「また、遊んであげるね」といって、外へだし、緊急用に買ってあった、インスタントラーメンを食べてその夜は寝た。

(後注1、この中では組織や個人の名前を仮名と本名、連立で使わせいていただきます。この工房?は、仮名となります)
(後注2)こちらは、本当の名前を使っています。
(後注3) このころはまだ、あの9.11の前で、人々は気が強く、上昇志向一点張りだった。それに、ジュリアーニ市長の、都市、クリーンアップ作戦も、100%の完成を見ていなかった。
 また、このマンションがあるところは、目の前に、大ビルがあって、しかもそのビルの入り口が別のとおりにあるために、人目がない場所で、したがって、ホームレスがおしっこをする場所でもあった。ニューヨークには公衆便所が少ないと思われ、かつ、普通のビルにはビルそのものに、鍵がないと入れないシステムなので、たちしょんべんが増える。

   2010年7月4日        雨宮 舜
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新・連載小説を始めます、ゼロ回目、1999年のNYを

2010-07-04 09:38:33 | Weblog
 この間、クラス会が連続してあって、そこで、何人かの方に言われたのですが、「よく書くわね。しかも、テーマが多岐にわたっている」と。

 それを聞きながら、『うーん、ある意味でありがたい言葉だ。それならここで、次の段階へ行ってよいかなあ』と考えてみたのです。つまり、あるテーマを結構深く掘り下げていく。登場人物が固定してくる形。本質的にはエッセイとして、毎回まとめるが、連続してまとまると一本の小説という形になるという仕上げ方。

 実は未発表の小説は何本も抱えています。よく、「あなた、芥川賞をとるつもり?」とからかわれていますが、何事かを丁寧に書き、追求していこうとするときに、エッセイという形式より、小説のほうが追求しやすいこともあるのです。で、極言をすれば、エッセイは一種の気晴らしででもあって、本当は、小説という形で、考えることをまとめてみたいとは、内心では、思っていたのです。

 で、上記の言葉をいただいたことを、小さなきっかけとして、連載を始めさせていただきます。この小説の要諦ですが・・・・・

 *場所は、1999年、秋のニューヨーク
 *主人公は、 そのとき、初めてニューヨーク入りした57歳の日本人のおばさん
          (ただし、英語はほとんど、自由に使える)
 *滞在の目的は、版画修行で、昼間はブルックリンにある美大に通っている。
   (この昼間の部分は、後に始める新しい小説『煌くプラタナス』の中で語ります)

 *この小説のタイトルを『ジョーイの出立』とする。
 * 下部タイトルを部で分けるが、第一部は、『マンハッタンの家』とする。

 *善玉や、悪玉が登場するが、彼、彼女らの特徴をきちんと捉える。遠慮をせずにきちんと書き抜く。

 * 小説全体の、結果としての読後感は、『やはり、人間であることはよいことなのだ』と、言う思いが十分に満たされること。苦しみと喜びの両方を味わう、人間そのものを描出すること。読者と作者の双方にとって、それが可能になるように、努力をしていくこと。

・・・・・これは、私にとっては大切なことなのです。この原文は、10年以上前に書き、長いので、メルマガ向きではないと判断をして、プリントアウト(ブックレット)の形式にして、数人の友人にすでに読んでいただいています。が、まったく、新しいアプローチで、ある種の面白さをこめて、描きなおすつもりです・・・・・

 ありていに言えば、ある一人の個人の夜の生活、私生活の部分です。世の体制に変化を与える問題小説でもないし、胸がわくわくする恋愛小説でもありません。ただし、ひそかな思い、特に人を慕う思いは、出てきます。秘められた恋愛、プラトニックラブは、出てきます。若い人のストレートなそれも、年取った人の捻じ曲がっているそれも。

 ともかくですが、小さな話を面白く描き、読ませる才能は、私には結構あるみたいです。どうか、ご期待をくださいませ。それに、「それって、たった三ヶ月の間で、把握をしたことなの?」と、皆様には、驚かれるであろうと、確信するほど、私は、アンテナが敏感な人間です。特にそのころは。

 そういえば、急に思い出しました。「あなた、恋愛が入っていなければ、小説とはいえないわよ」と、先達からからかい気味に言われたことを。ちょっとフィクションもこめて、膨らますかな。では、

  2010年7月3日                  雨宮 舜
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